第2話 いまの時代に必要な魔法
「ここまでくれば、いいか」
普通の街灯に照らされた静かな通りまでやってくると、青年はようやく足を揃えた。
「魔法のことを簡単に喋るなよ」
「どうして?」
「魔法はホイホイと教えていいものじゃない。危険すぎるだろ」
「魔法は危険じゃないから、ホイホイ教えていいものだよ」
「……それ、本気で言ってる?」
「うん」
訝しむ青年にルイは断言した。
「魔法は誰のそばにも寄り添ってくれるからね。知りたいなら、いくらでも教えてあげる」
「
「もちろん! むしろ教えたい!」
「お、教えたいって」
張り切るルイに青年は神妙な面持ちで考え込む。
魔法の情報は高値で売買される。
目の前にいる危機感皆無の世間知らず令嬢から魔法知識を搾り出せるだけ搾り出せれば、青年の懐は相当潤った。青年は密かに口角を釣り上げた。
「自分から近付いてきた金ヅルを捨てるのも勿体ねえか」
「なにか言った?」
「いや」
危機感のないルイに、青年は人当たりのいい微笑みで取り繕う。
「なら、本当に教えてくれよ」
そして、青年はルイに提案をした。
「タダで教えてくれとは言わない。さっき助けてもらった礼もあるからな。魔法を教えてくれたら、しばらくは面倒を見てやるよ」
「それって、家出を手伝ってくれるってこと?」
「ああ。うまい飯屋や宿も紹介してやる。どうだ、悪くない条件だと思うけど?」
「すごく、すごく助かるよ!」
青年の下心を微塵も察せないルイは、その提案に迷わず飛び付いた。
「ちなみに、他にはどんな魔法が使えるんだ?」
そんなルイに、早速青年は探るように訊ねる。
「色々あるよ。【瓶の角に残ったジャムを綺麗に取る魔法】とか」
「ん?」
「【糸通しがなくても針に糸が通る魔法】でしょ。【絶対に足の小指をぶつけない魔法】【食パンをきれいに真ん中から割く魔法】他にも」
「ス、ストップ!」
「えっ、なに?」
次から次に飛び出す魔法に、青年は喜ぶどころかひどく困惑する。
「いまは、魔法の話をしてるんだよな? ジャ、ジャム……?」
「そうだよ。【瓶の角に残ったジャムを綺麗に取る魔法】はね、どんな種類のジャムでも、絶対に! 綺麗に! 全部取るよ! ドロッと系でもサラッと系のジャムでもね!」
ルイは自信満々に胸を張る。
絶賛されると期待したが、青年は心底つまらなさそうに吐き捨てた。
「ショボッ」
「⁉︎」
「ビッッックリするほど、魔法の無駄遣いじゃねえか!」
ルイは心無い言葉にガーン! と強いショックを受ける。しかし、せっかく魔法に興味を持ってくれた彼を手放すわけにはいかない。
「む、無駄遣いじゃないよ! こういう手の届かないところを補ってくれるのが、魔法の可能性だと私は思ってるんだ!」
「それでも、魔法と言えば火の球を飛ばしたり、雷の槍を降らせたり……それこそ、竜を倒せるほどの力があるんだろ?」
「いつの時代の魔法の話をしてるの!」
ルイはすかさず反論した。
「魔法と言えば竜殺し、竜殺し、竜殺しっ! 攻撃魔法ばっかり研磨してさあ! その考えは古いよ!」
呪いを振り撒く竜が世界の頂点であった時代。竜に抗う術として生み出されたのが魔法だ。
なので、魔法は強大な力という考えは間違いではないが、いまは時代が違う。
「生活に役立つ魔法のほうが、いまの時代に必要だよ!」
「それでも、俺は強い魔法が知りたいんだって。そういう魔法は使えないのか?」
「もちろん使えるけどさあ」
「よし! じゃあ、生活魔法よりそっちを教えてくれるとすっげー嬉しいな」
どこか必死な様子で攻撃魔法を知りたがる青年に、ルイは頬を膨らませた。
「えええっ……生活魔法のほうが便利だと思うよ?」
「まあまあ、便利さは一旦置いといて。えーっと、ほら、強い攻撃魔法ってみんな一度は憧れるだろ? ガキの頃とか、魔法師ごっこするとバーンと派手な魔法を使うフリしてさ」
「確かに魔法師といえば攻撃魔法のイメージだろうけど……」
「だろ? 頼むよ。できるだけ強い魔法を教えてくれ」
彼の発言は生活魔法を非難してくる攻撃魔法重視の魔法師たちの冷笑を思い出させ、ルイに火を付けた。
(そんなに生活魔法って人気ないの? ううん。きっとちゃんと知ればみんな使いたくなるはず。攻撃魔法よりも、ずっとずっとたくさんの使い道があるんだから!)
「こうなったら、私が生活魔法を流行らせてやる!」
ルイはきつく拳を握り締めて、瞳の奥に闘志を燃やす。
「生活魔法がどれだけ役に立つか、みんなに教えてあげるよ! 世間が役立つと認めれば、いやでも考えを変えざるを得ないでしょ? それこそ、他の魔法師たちだって!」
今後平民として暮らす予定のルイとしても、暮らしが便利になるのは好都合だ。
なにより一番は、新たな魔法が世に生まれる可能性を期待した。
(私以外の人が魔法を作るかもしれない!)
いまの魔法師は既存の魔法を
(もしも、みんながドンドン魔法を作り始めたら……ああっ! 考えたら興奮がとまらない! 新しい魔法が増えすぎて、解読が追い付かなくなったらどうしよう⁉︎)
まだ見ぬ魔法に焦がれるルイは、知らない魔法に大量に囲まれてアタフタする自分を妄想する。
「ふへへへっ、幸せすぎて涎が……」
多幸感に包まれたルイは、じゅるりと溢れそうになった涎を拭う。
「ねえ! 生活魔法を流行らせる手伝いもしてくれない⁉︎」
「お、おう……」
爛々と目を輝かせるルイに勢いよく迫られて、青年はつい頷いてしまった。答えたあとで後悔したが、時すでに遅し。
「本当にありがとう! 心強いよ!」
「……まあ、いいか。それはそれで、商売になりそうだし」
青年は気持ちを切り替えて、片手を前に出した。
「名は持ち合わせてないが、周りからはリストって呼ばれてる。好きに呼んでくれ。交渉成立ならよろしく」
こんなにいい交渉が決裂するはずもない。
ルイはリストの手を握った。
「是非よろしく! 私は〈ゼロの魔女〉ルイ・ダスクローズ。ルイでいいよ!」
「〈ゼロの魔女〉って特級魔法師の?」
「うん!」
「ダスクローズって、ダスクローズ伯爵家の?」
「うん!」
「ごっめーん。やっぱり、この手離していいか?」
「へっ? ど、どどどどうしてっ⁉︎」
茶化す口調だが、リストは本気でルイから距離を取りたがっていた。
ルイは慌てて彼の手をギューッと両手で捕まえて、いやいやと頭を横に振る。
「ガリカ地方統括領主ダスクローズ伯爵家のご令嬢が〈ゼロの魔女〉だって? この情報を売れば二、三年は豪遊できるぞ」
「少し調べれば誰でもすぐに分かるでしょ?」
「分かんねえよ!」
一蹴され、ぺいっと手を振り払われる。
リストはうんざりと吐息を吐いたあと、じと目でルイを睨めた。
「俺は情報屋をやってる」
「情報、屋……?」
「情報の売買をしてんだ。三年前の黄金庭園崩壊を防いだ英雄〈ゼロの魔女〉の正体を知りたがる奴は多い。俺も多方面から依頼されて走り回った。だが、誰一人として〈ゼロの魔女〉の正体には辿り着けなかった」
「私は、別に正体を隠してるとかじゃないんだけど」
リストは頭を掻き、現実逃避をするふうに街灯に集まる妖精たちを見つめる。
「〈ゼロの魔女〉と手を組むのは流石になあ……」
「そんなっ!」
ここでリストを逃すのは痛手だ。
ルイは引き止めようと口を開くが、ぐううぅ……! と、言葉よりも先に盛大に腹が鳴った。
「あっ」
赤くなった顔を隠すように俯いて、ルイは腹を押さえる。
「お前、晩飯は?」
「晩ごはんどころか、今朝から食べてないです。家出の計画を練ってたら、別の魔法のアイデアが浮かんじゃって……つい集中しちゃって」
そのせいで家を出るのも計画の時間から大幅に遅れた。荷物はほとんど持ってこられてない。
「じゃ、飯も食える宿がいいな。俺がよく世話になってるところを教えるわ」
「そ、それってつまり!」
「よく考えれば〈ゼロの魔女〉から魔法を教われるなんて奇跡に近いからな。その代わり、俺が満足する魔法を教えてくれよ?」
「うん! ありがとう!」
宿も決まり、今後の目標もできたルイはやる気に満ちていた。
(よし、明るくなったら街に出よう!)
これからを考えると心が躍る。
(暮らしを直接目にしたほうがみんなが欲しがる魔法が分かるし、新しい魔法のアイデアも浮かぶかもしれない! 楽しみだなあ!)
ルンルンと浮足立って進むルイだが、強く肩を掴まれて歩みを止めさせられた。
「そっちじゃねえよ、こっち!」
「あれ? ごめんごめん」
「頼むから一人でウロチョロするな。迷うぞ」
「今後を考えたら、つい楽しくなっちゃって。あはははっ」
「勘弁してくれ」
リストは、げんなりと肩を落とす。
「……俺、これ早まったか?」
ぽろりと洩れ出たリストの不安は、未来に胸を膨らませるルイの耳には届かなかった。
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