第38話 名前、そして霊力の特訓

『早速今から特訓を始めますか?』

 時刻はすでに夜中。つい先ほど日付が変わったところだ。しかし精霊はそんなことを気にしてはいないようだ。

「ああ、それは願ってもないことだけど……、その前にさ、精霊さんの名前考えたんだ。聞いてくれる?」

 レオナルドも時間を気にしている様子はない。どころか、特訓の前にしておきたい話があった。

『そんなことも言っていましたね。どうぞ、お好きにしてください』

「うん。えっと…、ステラ、っていうのはどうかな?」

 若干緊張しながらレオナルドは自分が考えた名前を口にした。

『っ…………』

 だが、精霊からの反応がない。そのことに不安が募っていく。

「?…もしかして気に入らなかった?」

 沈黙に耐えられなくなったレオナルドは恐る恐る尋ねる。自分としてはいい名前だと思ったが、相手が気に入らなければ考え直さなければならない。レオナルドには精霊が好きにすればいいと言ったことなんて関係なかった。名前をつけるなんていう特別な権利をくれたのだから、できれば精霊に喜んでもらいたい。それがレオナルドの本心だった。

『…………………?』

 レオナルドの問いにも反応は鈍く、返ってきたのは精霊の小さく呟くような声だった。レオナルドは一瞬疑問顔になるが、どうしてステラなんていう名前にしたのか、という質問だと捉えた。

「?……ああ、ステラっていうのは前世の世界にあった言葉なんだけど、星とか星光って意味でさ、精霊さんにピッタリかなって」

 理由を訊いているのだろうと思いつつも、レオナルドはこの世界にはない、ステラという言葉の意味を語った。

『……その名前も、ゲームに出てきたもの、ですか?』

「え!?いや、違うよ?ゲームには精霊さんの名前は出てこなかったから。……説明するのはちょっと恥ずかしかったんだけど、初めて精霊さんを見たとき、白く光る綺麗な星みたいだなって思ったんだ」

 言葉の意味だけで済めばよかったが、ゲームに出てきたものをパクったと思われるのは心外で、結局自分がこの名前を思いついた経緯についてもレオナルドは気恥ずかしそうに語った。

『……そう…ですか……』

 精霊はそれだけ言うと再び黙ってしまった。

 その沈黙をレオナルドは精霊が嫌がっているのだと受け取った。

「あ、あのさ、無理にその名前にする必要はないから、嫌なら嫌って正直に言ってほしい。もう一度考えるからさ」

『っ、いえ。………誰も嫌なんて言っていません。勝手に早とちりしないでください。……ステラで、結構です』

「本当に?無理してない?」

『無理なんてしていません。……今後、私のことはステラと呼んでください』

「わかった。じゃあ、これからよろしくステラ」

『はい』


 そこでようやくレオナルドの肩から力が抜ける。

「はあぁ~、よかったぁ~」

 どうやら自分で思っていたよりもずっと緊張していたようだ。

『それで、どうしますか?特訓はするのですか?』

 そんなレオナルドの様子に気づいていないのか、無視しているのか、精霊―――ステラは、再度訊いた。レオナルドは慌てて姿勢を正す。

「あ、ああ、もちろん。やる、やるよ。けど、どうやってやるんだ?室内でできること?」

『そうですね。あなたはまず霊力を感じるところから始めないといけませんので―――』

 ステラがそう言うと、レオナルドの目の前に、光る粒子が突然現れ、かと思えばそれはすぐに黒刀の形をした。

「うわっ!?っと、と。ステラ、いきなりこんなもの出したら危ないじゃないか」

 言いながら慌てて黒刀を手に取るレオナルド。

『今の状態ではその刀に殺傷能力なんてありませんよ?何も切れないただのなまくらです』

「え?そうなの?」

 レオナルドはステラの言葉の真偽が気になったのか、黒刀を指先でツンツンした後、思い切って指の腹でそっと刃の部分に触れた。

「……本当だ……」

 触れた指は薄皮一枚切れることはなかった。不思議そうに黒刀を見つめているレオナルドを無視して、ステラは黒刀を具現化した目的を伝えた。

『その刀を握って、力を感じることに集中してください。それに馴染んでいる私の力を今から活性化させます』

「わ、わかった」

 どういう意味かよくわからなかったレオナルドだが、ステラの言葉に頷くと、両手で柄を握り、集中するために目を閉じた。

 しばらく互いに無言の時間が流れる。

(っ!?これは……?)

 すると、レオナルドは柄を握る手のひらから温かい熱のようなものを感じ始めた。

 ちなみに、ここまでレオナルドは、その方が自分の考えをしっかり伝えられる気がして口に出して話していたが、今は集中力が途切れてしまうことを懸念して、頭の中で会話することを選んでいた。

『感じましたか。中々早かったですね。それはあなたの霊力に反応して少しずつ体内に広がっていくはずです』

 ステラが言った通り、その熱は手のひらから伝わっていき、徐々にレオナルドの全身へと行き渡っていくような感覚があった。それはまるで普段感じることのない血の巡りを意識できるようになったようだった。

(全身が温かい……?)

『それがあなたの中にある霊力です』

(これが俺の霊力……)

『次は今感じた体内の霊力を手のひらに集めるように意識してみてください』

(わかった。やってみる)

 レオナルドは今感じた温かな熱を、自分の手のひらへと持っていくように集中力を高めていく。

 再び静寂が訪れた。ステラはレオナルドの邪魔にならないように気を遣っているようだ。先ほどレオナルドが霊力を感じ取ったときよりも長い時間が経過していた。

 体内の霊力を動かすという感覚に苦戦しているのか、動いている訳でもないのに、レオナルドの額には薄っすらと汗が滲んでいる。


 そうして、どれほどの時間が過ぎたのだろうか――――。

『目を開けてみてください』

 突然ステラの言葉がレオナルドの頭に響いた。

 ステラの言葉に従い、レオナルドはゆっくりと目を開けていき、自分の握っている黒刀を視界に捉え、その目を丸くした。

 そこにあったのはになった刀だったのだ。

「なんだ……これ……?」

 レオナルドは呆然とした様子で呟く。

 漆黒の刀を持っていたはずのところに、純白の刀があれば、驚くのも無理はないだろう。

『あなたの膨大な霊力が刀に流れているんです。それがその刀の本当の姿、とでも言えばいいでしょうか。その状態になった刀を先ほどのように触ってはいけませんよ?通常の武器とは一線を画す、途轍とてつもない強度と切れ味になっているはずですから』

「あ、ああ。わかった……」

 反射的に返事をしたレオナルド。ただ、視線は純白の刀―――、白刀に釘付けだった。

 レオナルドの中にあるとステラが言っていた霊力、不確かなそれを目に見える形で示されたのだから当然かもしれない。

 しかも、自分の霊力を流したこの白刀は、とんでもない強度と切れ味だと言う。自分には戦う力がある、それを証明してもらった気がして徐々に嬉しさが込み上げてきたレオナルドは笑みを浮かべた。

 するとどうしたことだろうか、純白だった刀が今まで通りの黒刀に戻ってしまった。

「え?あれ?」

『霊力の流れが途切れたんですよ。そんなことでは実戦では使い物になりませんね』

「うっ…、ごめん」

 レオナルドはバツが悪そうに謝罪した。

『ですが、まあ、元々持っていた力とはいえ、霊力を意識して動かすことはできるようになったのですから第一段階は合格でしょうか』

「そっか…。ありがとう、ステラ」

 ステラの言う通り、これはまだ第一歩でしかない。身体強化、さらには精霊術とまだまだ先があるのだ。自分はもっと強くなれる。それがレオナルドにはたまらなく嬉しかった。


 ―――――あとがき――――――

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