リハーサル
リハーサル Apart
そこは太陽で輝く海と、緑の山に挟まれた、レンガ造りの港町があった。
沖からの潮風が、傾斜地に建てられた建物の間を抜けていく。
沿岸には、漁から戻った船が何隻も停泊している。
そこから少し内陸の方に蒸気機関車が駅で停車していた。
乗務員たちが荷下ろしをして、新たな乗客の受け入れをしている。
車両から二人の女性が降りて、港町に向かう。
一人は二十歳後半でショートの黒髪に真っ白な肌。
全身黒づくめで、テンガロンハットをかぶり、無地のシャツとベストを着ている。
ベストの胸元には星型のバッチをしていた。
首元にはネクタイが締められている。
タイトなズボンと、腰にはズボン用のベルトとは別に、銃を保持するホルスターが一体化した本革ベルトをしている。
しかし、ホルスターの中には、拳銃は入っていなかった。
手荷物に彼女がすっぽりと入るぐらい大きなトランクがひとつあるだけだ。
トランクの底面には移動用のコマが付いており、持ち手を引っ張って運んだ。
その光景は棺を運んでるみたいだった。
もう一人の女性は、肩まで伸びる白髪のロングヘアーに、山のような胸の大きい長身の女性であった。
十八歳くらいの若々しい顔立ちをしていた。
服装は、一緒に歩いている黒尽くめの女性とは対照的に、白を基調とした格好だった。
無地の白シャツに、サスペンダー付きの黒のズボン。
着ている服が男性用なので、胸元以外はブカブカであった。
靴もサイズがあってないので、歩きずらい様子だ。
「荷物持ちましょうか、ブリキさん」
白髪の女性が訊いた。
「いや、大丈夫です」
ブリキと呼ばれた女性は、申し出を断った。
それでも白髪の女性は、
「でも、運ぶの大変じゃあないですか?」
「アジサイ。このトランクには私の全てが詰まっています。だから誰かに託した結果、無くした何て事になったら一大事です。なので自分の荷物は自分で持つ、これは私の信念です。それに――――」
「それに?」
「私の荷物はとても重いから、誰も持てません」
アジサイと呼ばれた女性は、「そんなに?」と首を傾げていました。
町の中に入ると、住民と商人たちで賑わっていた。
今朝捕れた雑多な魚を木箱の中で陳列している魚屋。
柑橘系の黄色い果実や、油分を多く含んだ黒色の果実が並ぶ野菜屋。
干し肉など加工した肉を取り扱う専門店。
その他にも、様々な店で人の往来が激しかった。
だが、ブリキはその店には目もくれず、通り過ぎていく。
疑問に思ったアジサイがブリキに訊いた。
「そう言えば、ここに来た目的は何ですか? その、演奏か何かですか?」
「今日は調達です」
「調達?」
アジサイは訊き返した。
「アジサイは覚えては無いでしょうが、前の演奏で楽器が一つ壊れてしまったのです」
ブリキは銃の入っていないフォルスターを見せた。
「じゃあ、今日はそのじゅ――――」
「楽器と言いなさい」
ブリキは遮るように言った。
「すみません・・・・・・。その前から気になっていたのですが、ブリキさん達は何で演奏とか、隠語を使うのですか?」
「簡単な事です。物騒な言葉を使って会話しているのを、現地人や公的機関の人に聞かれたら面倒ですので、厄介ごとを回避するためです。街中で猥褻な言葉を連呼して警察に捕まるのと一緒です」
「そう、なんですか・・・・・・」
ブリキのうまくない例え話にアジサイは、いまいち理解できなかった。
「じゃあ今から、ガンショ――じゃなかった。えっと、楽器屋に行くんですか?」
「そういうことです」
ブリキは鼻を鳴らした。
「ブリキさんは、どこに楽器屋があるのか知っているのですか?」
「乗務員の情報だと、山のふもとにあるみたいです」
「へえ、乗務員さんって、何でも知っているですね」
「彼らの仕事は、乗客の旅を快適にするのが仕事ですから」
そんな会話をしていると、ブリキたちの歩いている先に通りに人だかりが出来ていた。
乱闘なのか、罵声と悲鳴が町中に響いてくる。
ブリキが、特に気にすることなく、人だかりの横を通り過ぎようとする。
アジサイは、ちらっと横目で見た。
どうやらガラの悪い男性たちが、女性に暴行していた。
女性の顔面は血まみれで、ぐったりしているが、まだ息があるようだ。
その女性に寄り添う、三人の幼い子供たちの姿があった。
恐らく、女性の子供であろう。
ガラの悪い男たちの中から、一人の男性が「訊け!」と聴衆たちに言った。
男は真っ白なスーツを着た、四十代の白人だった。
ポマードで固められた金髪を両手で整えていた。
男の手には、大口径の弾丸を使用するリボルバー式拳銃が握られていた。
負傷した女性と子供たち、野次馬の人々、そしてアジサイは、その白人男性を見た。
「ここで商売をしたければ、みかじめ料をきっちり俺たちに払うんだな。もし、遅れたり、払わなかったら、この家族みたいになるぞ!」
男は拳銃で、女の眉間を撃ちぬいた。
頭蓋骨が粉砕され、女性の顔面がなくなっていた。
子供たちは一斉に、母親の亡骸にすがった。
泣きわめく子供の声に白人男性は、撃鉄を起こした。
そして、三人の子供だったモノの頭部が、数秒で砕けたスイカのようになった。
「わかったか? お前らもこうなりたくなければ、俺に出すもん出してから商売するんだな」
白人男性は、ガラの悪い男たちを連れて、次の回収先に向かった。
次第に人だかりが消えて、どこからともなくカラスが来て、死体の親子を
最後まで残ったアジサイは、ナムナムと手を合わせていた。
「こんな所で何をしているのですか?」
先を行っていたブリキが、アジサイの元まで戻って来た。
「死んだ親子が天国に行けますようにと
「この国では、殺された遺体に祈りを捧げると、殺される風習がありますよ」
「えっ、本当ですか?」
「殺した相手が、祈った人を仲間だと思って、その人からの復讐が無いように殺すみたいです」
「まるでヤクザの抗争みたいですね」
「ヤクザも何も、先程の連中はマフィアですからね」
アジサイは急いで、合わせた手を離し、遺体に唾を吐いて、
「クタバレ、このクソ女!」
と足で土をかけた。
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