パンドラの功名 Dpart

 上空を飛行するヘリコプターがあった。

 その下では都市が燃えていた。


 その中を逃げ惑う人々が、ヘリコプターに助けを求め、追いかけた。

 だが、その全員がゾンビ(仮)に襲われて、また彼らもゾンビ(仮)になった。


『本当に飛ばせたんだな』


 ヘリコプターに備え付けられていたヘッドセットから、パンドラの声が届いた。


『だから、言ったでしょ』


 とブリキは短く返答する。


『で、教えてくれよ。なんでヘリを操縦できるんだ?』


『そうでしたね。到着するまで、昔話をしましょう』


 ブリキは語り始めた。


『以前、私は軍に所属していました。色々な場所で戦って、死ぬ思いをしてきました。

 そのうちの一回だけ、本当に死んで来いと、命令された事があります。

 作戦も酷いものでした。

 対空射撃の真っ只中をヘリコプターで敵陣営の上空まで移動して、パラシュートで降下。

 体には爆弾を抱えて、特攻しろとのこと。

 無論、道中で撃墜される事が多かった。

 運良くパラシュート降下しても、空中でハチの巣にされるか、パラシュートに穴を開けられて転落死だった。

 それでも上層部は、この作戦は有効打と盲信していた』


『ブリキさんも、その特攻に選ばれたのですか?』


 副操縦席に座っていた女が訊いた。


『ああ、戦争末期に命令が下った。


 もう、この戦争が負けだと分かっていた時だった。

 だから軍上層部も形振なりふり構わず、動ける者なら、手足がない負傷兵ですら駆り立てた。


 自分たちの昇進や欲望の為に、兵士は使い捨ての生贄にされた。

 私の仲間も、それで大勢死んだよ。


 敵にやられるよりも、その作戦で死んだ数の方が遥かに多かった。

 そして私の番が来た。


 体に爆弾を巻き付けて、手動の起爆装置を持たされた。

 だけど、私はその命令に従うつもりはありませんでした。


 なぜなら、私には教官から一つの命令がありました。


「貴方は弱い。だから自分の身は自分で守りなさい」


 と教官は言ってくれました。


 だから、特攻前夜にヘリコプターを一機盗んで、逃げました。

 ついでに他のヘリコプターは、特攻用の爆弾で破壊しました。

 これで全てです』

 

 ブリキは話を終えた。


『なんや、元軍人と訊いてたけど。帰還兵じゃなくて脱走兵かよ。愛国心はないのかよ』


『愛国心に陶酔するのは、卓上たくじょうで戦争を命令する人だけですよ』


 ブリキはパンドラに言った。


『あの!』


 女が二人の会話に入った。


『さっきの話なんですが。どうして、わたしの身体変化に気が付いたんですか?』


『それはですね・・・・・・』


 ブリキは正直に、女に起こった事を補足を着けながら説明した。

 女が病院にいて、出会う前から恐らくゾンビ(仮)に噛まれていた。


 その後、ブリキたちを襲って、パンドラの死霊魔術で現状にいたること。

 そして、その後遺症なのか、あのゾンビ(仮)みたいな頑丈さと強さは、そのまま引き継いでいるようなのだ。


 だからガラスを踏んでも、階段から転落しても無傷で、ゾンビ(仮)を片手で倒す力も、何となく理由が繋がる。

 だが、分からない事もあった。


 最初に女がゾンビ(仮)になった時、どうして斧で頭を切断できたのだろうか?

 そもそも、あのゾンビ(仮)は、どこから来たのだろうか?


 その答えを知る術はなかった。

 考えても仕方のない事だと、ブリキはそんな疑問を忘れることにした。


『そんな――――わたし』


 女は、自分の両手を再度、見た。

 その手はまだ震えていた。

 自分自身でゾンビ(仮)を殺めた手。

 

 後遺症なのか、それとも副作用なのか、女はを手に入れた。

 文字通り、女は人間ではなくなってしまった。

 自分が化け物になった恐ろしさを、まだ受け入れることが出来ない。


『東洋の島国には、という言葉があります』


 ブリキは話を続けた。


『今はその力を受け入れにくいと思いますが、現に貴方あなたになっています。だから、その力をどうすべきか――――』



 ブリキが以前に言った事を、女は口にした。


『そういうことです』


 ブリキは少し口角を上げて、答えた。


 ほどなくして、目的地の蒸気機関車が見えてきた。

 そこもゾンビ(仮)が群がっていた。


 だが、奇妙な光景が広がっていた。

 ゾンビ(仮)に襲われているかと思えば、一方的に圧勝していた。


 プラットフォームに一際目立ひときわめだつ姿があった。


『すげえ、コックが一人で倒している』


 パンドラが窓の下を見ながら言った。

 コックはステゴロで、ゾンビ(仮)を蹴散らしていた。


 その異常なまでに発達した上腕二頭筋から繰り出される打撃は、複数のゾンビ(仮)を遥か遠くに吹き飛ばした。

 地面に拳を打ち付ければ、地割れが発生して、全体攻撃の如く、ゾンビ(仮)の群れが壊滅していく。


 コックは独りで多種多様な技を繰り出し、もはや誰にも止められない無双状態であった。


 その他にも蒸気機関車の窓からも、乗務員パーサー達が応戦していた。

 ブリキが持っている自動小銃よりも、もっと威力のある12.7 mm口径の弾丸を使用する重機関銃を撃っていた。

 その他にも、対戦車ライフルや対戦車ミサイル、リバルバーグレネードランチャー、などなど高威力な武装で防衛していた。


 蒸気機関車の屋根に一人の乗務員パーサーが登って、発煙筒を回している。

 ブリキはギリギリまで蒸気機関車の屋根に近づけて、ヘリコプターを自動ホバリングを作動させた。


『屋根に飛び降ります』


 とブリキの言葉に、パンドラたちも屋根に飛び移った。

 黒人の乗務員パーサーがブリキの側に来た。


「遅いお戻りで、ブリキ様。パンドラ様。私奴わたくしめ一同いちどうは今か今かと、お待ちしておりました」


 と大きな声で言った。


「ああ、今夜の演奏にんむは観客が返してくれなかったから」


「左様みたいですね。では、すぐに発進しますので、御座席の方までお願い致します」


 乗務員に案内され、三人は車両内に入った。

 蒸気機関車から汽笛がなり、ゆっくりと線路を進んでいく。


 コックは最後の最後まで戦うと、最後尾の車両に飛び乗った。

 そうして蒸気機関車は、演奏会場きけんちたいから離脱した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 星が満天の夜空にカエルたちの鳴き声が五月蠅うるさ丑三うしみどき

 紫陽花アジサイの丘を走る蒸気機関車があった。


 蒸気機関車が安全圏まで逃げ切ったが、車両内はせわしなかった。

 乗務員パーサーたちは、使った銃器を点検したり、薬莢の回収して、使った弾薬と在庫の数が誤差がないか計上していた。


 そんな中、食堂の車両に四人の姿があった。

 厨房では、コックが一人で黙々と料理をしていた。

 カウンターには三人が座っていた。


 パンドラは、筋肉痛でカウンターに、うつ伏せていた。

 ブリキはグラスに入ったジンバッグをチビチビと舐めていた。

 女は緊張していた。


「で、これからどうするのですか?」


 ブリキは女に訊いた。


「正直、考えが浮かびません。さっきまで生き残る事しか、考えてなかったので・・・・・・」


「そうですか」


「そもそも前の記憶がないから、何が得意なのか、何をしていたのかも知らない。まあ思い出したところで、あのゾンビで溢れかえった場所で働けないですし」


「「・・・・・・」」


 話が続かず、沈黙が生まれる。


「良かったら、私の助手をしませんか?」


 先に沈黙を破ったのは、ブリキだった。


「貴方の射撃を見ていましたが、初めてのわりには非常に筋が良かったです。それに、貴方には力があります。その力を使えば、高い報酬の演奏にんむも出来ます。だから貴方の力を見込んで、一緒に仕事をしませんか? 報酬も支払いますので」


 女は考えて、決心した表情をブリキに向けた。


「やります。一緒に仕事をやらせてください」


「交渉成立」


 ブリキは今日一番の笑顔をした。

 女もつられて笑顔で返した。


「さて、これから貴方の事を何て呼べば良いでしょうか? 名前とか思い出せましたか?」


「名前はやっぱり思い出せないです。でも、名前が無いと不便ですよね・・・・・・」


 女は、色々な言葉を列挙していた。

 まるで子供の名前を決める親か、もしくはキャラクターの名前を捻り出そうとする作家のようだった。


「キノ、カブト虫、キングコング、ジョン・ウィック、カブト虫、メトロン星人、カブト虫、ロメロ、ヤマアラシ、ドンドハレ、メビウスの後進、カブト虫、カエル合唱――――」


 女は十四の言葉を前にして、蒸気機関車の外に広がる景色が視界に入って、口にした。


紫陽花アジサイ。これからはアジサイと名乗るわ」


「じゃあこれから女同士、宜しくね。アジサイ」


 ブリキは初めて彼女の名前を呼んだ。

 コックが調理を終えたのか、料理を女に提供した。

 注文していなかった女は驚いて、


「わたし注文してないです!」


「コレ、俺カラノ、サービス」


 コックは優しかった。


「私にはサービス無いのですか?」


「ブリキ、ニ食ワセル、タダ飯ナイ!」


 コックは辛辣であった。


 車両の扉が開く音がした。

 別の車両から、黒人の乗務員パーサーが食堂に入ってきた。


「ここに居ましたか」


 と乗務員パーサーが探していたようだ。


「どうかしましたか?」


「本日、使用しました。弾薬レンタル料の請求書をお持ちしました」


 ブリキはグラスの中身を一気に飲み干して、去ろうとする。

 それを逃がさまいと、パンドラがブリキの服を引っ張る。


「今回の演奏はパンドラです。だから、その請求書は、貴方が支払うのが当然です」


「そう言うなよ。あのゾンビは僕の所為せいじゃあない。それにブリキも含めて、乗務員たちは決死の覚悟で待っていてくれたんだ。全額とは言わないから、半額で良いか鉄の女」


「良い訳ないでしょう。こっちは拳銃と斧を失って、大損害です。私は既に借金持ローンもち。払う金がありません」


 ブリキは振りほどき、食堂から逃げ出した。

 アジサイは慌てて、料理をたいらげ、その後を追うように、アジサイも続いて食堂から出ていった。


 乗務員パーサーは残った――――いや、パンドラに請求書を渡した。


「では、期日までに御支払いお願いします。もし、天引きでローンを組むのでしたら、支配人に連絡しておきますので、その時は宜しくお願いします」


 乗務員パーサーは一礼してから、食堂を後にした。


 パンドラは恐る恐る請求書を見た。

 次第にパンドラの顔がゾンビのように青ざめていく。


 コックはグラスを拭きながら、


「請求額ハ、いくラダ?」


 と訊いてきた。


「一般市民の生涯年収だったら、あと二十五回は転生しないと返済は終わらない・・・・・・」


「・・・・・・」


 コックは沈黙した。


 こうして一夜の旅が終わり、アジサイの新たな人生と、パンドラのローン生活が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る