第12話 新婚夫婦の夜②
(まさか、まさか、一緒のベッドに入ることになるなんて……)
誰かと一緒に寝るなんて、いつぶりだろう。
モントレイの屋敷で、弟が幼い頃に、二人でお昼寝をしたことはあったかもしれないが、成人男性と並んで寝るのはこれが初めてだ。
シーツに潜り込み、顔の半分ほどまで隠したローリエの隣から、呆れ笑うような声が聞こえてくる。
「何もしないから、そう怯えないで」
「すみません。緊張してしまって」
クレイユに怯えているというよりも、自分がクレイユを不快にさせるのではないか、ということに怯えている。
湯浴みはさせてもらったが、臭ったらどうしよう。寝相が悪く、迷惑をかけてしまったら。不細工な寝顔を見られたら幻滅されるのではないか。考えたらきりがない。
「実は僕も緊張してる」
「……クレイユ様もですか?」
彼はローリエの手をとって、胸の上へと導いた。
灯りを消した暗がりの中、ドクドクと激しい鼓動が伝わってくる。
「ほら、ね?」
「本当ですね」
「初めて魔物と戦った時と同じくらい、ドキドキしてるよ」
ローリエには余裕そうに見えたが、彼曰く違うらしい。
「何もしないと言ったけど、抱きしめてもいい?」
「はい……」
衣擦れの音がする。
ローリエは後ろから抱きしめられる形で、彼の腕におさまった。
顔が見えない分、幾らかましだが、それでも口から心臓が飛び出しそうな状況であることに変わりない。
耳元で囁かれると、更にドキドキした。
「昼間は家を空けることも多くなりそうだから、少しでも君と過ごす時間を増やしたいと思ったんだ」
「お忙しいんですね」
ローリエは平静を装って、どうにか返事をする。
「うーん、どうかな。今日も夕食までには帰れるはずだったんだけど、上の兄に捕まってしまって」
上の兄ということは、レインベルク王太子殿下のことだろう。
王位継承一位の人物であり、非常に優秀な人だという噂がある。
「あの人、一度お説教を始めると長くて面倒なんだ。そんなんだから、アルベール兄さんも逃げ出したんじゃないかな」
クレイユは不満げに呟いた。
どうやら兄弟仲は良好とは言えないようだ。
「ああ、ごめんね。僕ばかり話してる」
「楽しいですよ。私、クレイユ様のお話をもっと聞きたいです。朝の続きで、冒険のお話とか」
ローリエには話せることがあまりない。モントレイ伯の屋敷でのことは、話しても辛気臭くなるだけだ。
クレイユもなんとなくそれを察しているのか、無理に話を促すことはなく、魔王討伐に至るまでの失敗談や苦労話を面白おかしくしてくれた。
「ということは、魔王が滅んでも、魔物は消えないんですね」
「そう。主従関係にあっても別の個体だからね」
ローリエは魔物を見たことがない。
レムカの町外れに魔物が出たという話は時折聞くが、大抵は町に滞在している冒険者がすぐに始末をするので、モントレイ伯の屋敷までやって来ることはなかった。
「魔王が消滅したことで、基本的に活動は鈍化するだろうけど、逆に暴走するケースもある」
「そうなんですね」
「城には魔物避けを施してあるが、周りの森は魔物の巣窟だ。特に北の方は、荒れ地と直結している。決して一人で近づかないように」
ローリエは黙って頷き、重たくなってきた目をこする。
今晩は緊張で眠れないだろうと覚悟していたが、クレイユと話をしているうちに、ローリエはいつの間にか深い眠りに落ちていた。
ꕥ‥ꕥ‥ꕥ
朝食の席、まだ覚醒しきらないローリエは、運ばれてくる料理をぼーっと見つめている。
ふかふか柔らかいベッドが気持ち良すぎて、吸い込まれるように眠ってしまうらしい。
寝ぼけて間抜けな顔を見られたら、流石のクレイユも幻滅するかと思いきや、彼はむしろ「可愛い、可愛い」と言って褒めたので、ローリエは考えることを止めた。
「おはよう。寝ぼけ眼のお姫様」
「おはようございます」
大きなパイが載った皿を運んできたのはメイドではなく、マリアンヌだった。
彼女はそれをテーブルの中央に置きながら、クレイユにひと声かける。
「クレイユ、客人よ」
「朝から、こんな辺鄙な場所に?」
「中央教会の大聖女様なら容易いことでしょう」
どうやら、教会の偉い人が訪れてきたようだ。
「ルビリアか。急にどうしたんだろう」
「思ったよりも早かったわね。もしかしたら、何も知らずに来たのかしら?」
神妙な面持ちのマリアンヌに対し、クレイユはいつも通り、穏やかな笑みを浮かべている。
「一緒に朝食をとらないか聞いてみてくれ」
「いいけど……心配だわ」
クレイユはローリエの方を見て、愛おしそうに目を細めた。
「大丈夫。きっとローリエも仲良くなれるよ」
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