0003・盗賊02




 ミクは慎重に歩いて行く。<歩法>の一つである【音無おとなし】を使い、足音のみならず剣帯に着けている剣すら音を立てないように移動する。


 それは体を上下に揺らさず、前方にスライド移動しているような錯覚を感じる歩き方だった。


 ミクの前には右に空間が見え、そこから盗賊の気配が三つしていた。盗賊どもは時折「ガハハ」と笑いつつ、上機嫌に何かを食べているらしい。口が開いているのか「クチャクチャ」という音のする部屋をミクは確認する。


 顔を見られないように右手の人差し指を伸ばし、その先を眼球の様なものに変化させて中を覗く。すると、松明で照らされた盗賊が見えた。そもそもミクは暗闇でも見える為に灯りは必要無いのだが、有っても特に問題は無い。


 中を窺うと、入り口に背を向ける形で酒を飲みながら、干し肉を齧っている様子が見える。中を確認したミクは肉を喰らう算段をつけ、一気に動いた。



 「……!!…!」



 両手を前に突き出し口を開けたまま部屋に入ったミクは、両手の掌から白い物を飛ばし、その後に口からも白い物を飛ばした。それらは狙いを外さず盗賊の頭に直撃し、回転して飛翔した白い物は脳を巻き込んで潰して止まる。



 (予想以上に上手くいった。元々神界とやらで出来ていたけど、こっちでも問題無くできるみたい。骨も捨てずに食べておいた方が良いね)



 そう、先ほどミクの掌や口の中から射出されたのは骨だ。死体の中にあった骨を圧縮し、ミクは本体の中に溜めこんでいた。それを回転させて発射したのが、盗賊の脳をかき回した白い物の正体だ。


 殺した盗賊に近寄ったミクは、死体を裸に剥き喰らっていく。その際に【風魔法】の【風壁】を入り口に張り、音がなるべく漏れない様にした。これは他の盗賊に気付かれない為と、【魔法】に気付く盗賊が居るかの実験だ。


 魔法とは魔力を対価に現象を起こす方法である。今回ミクが使ったのは風を使って壁を作るような魔法で、火魔法や矢などを射られた際に威力を減衰させる魔法だ。そして部屋の中で使うと、音を漏らしにくく出来る。


 この場所は洞窟なので部屋全体に張る必要が無く、入り口に張れば大体の音は消せるだろう。ミクも完璧に音を消そうなどとは考えていない。仮に気付かれたとしても、幾らでも殺す方法はあるのだ。盗賊どもは既に化け物から逃げられない。



 (この部屋も特に変わった所は無し。入り口前に四人、さっきの部屋に三人、そしてこの部屋に二人。気配の通りだけど、残りの二人は盗賊のボスと……誰?)



 そんな風に思考しながらも部屋に入ったミクは、素早く骨を射出して盗賊の脳をかき回す。これだけで死亡していくのだから、戦いにすらなっていない。再び【風壁】を張り、盗賊2人を裸にして肉を貪る。


 こいつらを食べた後、最後の二人を殺して食べよう。ミクはそう思っていたが、突然一つの反応が消えた。おそらくもう一つの反応が殺したのだと思うが、理由が分からない。だが、その疑問をミクは放り投げた。


 どのみち殺せば済む……と。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 場面は変わって、ミクが初めて【風壁】を使った時まで遡る。洞窟の奥に敷いてある毛布の上で娼婦を犯していた男は、反応が薄くなった娼婦を無視すると慌てて鎧を着込む。服を着ていないが、そんな事は男にとってどうでもいい事だった。



 「いったい何処のどいつだ? 俺達のアジトに攻めてきやがった奴は……。ちっ! 心当たりが多過ぎて分からねえぜ。冒険者どもはアイツらがケツを犯す為に持って行ったし、そいつらの仲間か……?」



 どうやら盗賊のボスはミクが魔法を使った事に気付いたらしく、慌てて装備を整え警戒をし始めた。それぐらい出来なければ盗賊を率いる事など出来ないのであろう。辺りを警戒していると、毛布の上に寝ていた娼婦も意識を取り戻したようだ。



 「あー……あっ、終わり? だったらお金! 終わったならちゃんと払いなよ。でないとママに言いつけるわよ。お金!」


 「ウルセェ、静かにしろ! 誰か分からねえが攻めて来てやがるんだ! テメェは大人しく黙ってろ」


 「はぁ? アンタ達がどうなろうが知らないっての。それよりお金! さっさと払いなさいよ!」


 「ウルッセェ! 黙らねえなら死ね!!」



 盗賊のボスは持っていた斧を娼婦の頭に叩き付ける。その瞬間、娼婦の頭はザクロのように割れ、中身がシャワーのように噴出し飛び散った。


 盗賊のボスはそんな物に一瞥いちべつをくれる事も無く、敵を警戒し待ち構える。両手の斧を握り締めながら。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ミクが洞窟の最奥にある部屋に対し、右手の指を伸ばして中を覗き見すると、裸に革鎧を着けた男が入り口をジッと見て警戒しているのが分かった。両手に斧を持ち、それを握り締めながら警戒しているようだ。


 傍らには、頭から血を噴出し終わった様な娼婦の死体があった。ミクは思わず「勿体ない」と思ってしまう。自分なら瑞々しい間に食したであろうに、無駄に殺すなど食材を不味くする行為でしかない。


 大凡おおよそ、常人とは異なる理由で怒るミクであった。


 入り口から体を僅かに出した瞬間、盗賊のボスが斧を投げてきたので素早く引っ込める。斧が壁に当たった音を聞き届けたら、再び奥の部屋へと侵入する。流石に盗賊のボスも、二度武器を失う愚は犯さなかったようだ。



 「あん? 女だと!? しかも異常な程の美人ときてやがる。………嫌な予感がするぜ。美人過ぎる女っつうのは、やたらめったらに強いのが居やがるからな。<淫母>や<黄昏>に<魔女>もそうだが、コイツもヤベエ奴じゃねえだろうな」


 「………? 驚いた。盗賊如きなのに存外冷静。一応従える立場だからそうなるのかな? とはいえ、何が起きても私の勝ちは変わらない」


 「ケッ! 言ってろバカが。そうやって慢心した奴から死ぬって相場は決まってんだよ! 俺様は<死壊のグード>だぞ! テメエみてえな調子に乗った奴は幾らでも殺してきてんだよ!!」


 「……おお! 成る程、それが名乗り。ならば私は<肉塊のミク>とでも名乗っておく。どうせ死んでいくのだから話してやっても構わない」


 「ああ? 肉塊だと? 何なんだコイツは、意味が分からねえ。肉塊にでもしてほしいのか? だったら今すぐしてやるぜ!!!」


 「残念。私は生まれた時から肉塊。だからお前も私に喰われる」



 そう言うと、ミクの体が蠢き醜悪しゅうあくな肉の塊に変貌する。洞窟の部屋一杯に大きくなり、所々が裂け、中から触手と歯や牙のような物が見えている。


 言うなれば、巨大な肉塊に幾つもの口が付いているだけの物。これがミクの姿の一つである。


 本体はまた別の姿であるし、人間形態ともまた違う。目の前の物を喰らう為だけの形態。名を付けるとすれば<暴食形態>ともいうべき姿がそこにあった。



 「………は、ははははは。に、人間でさえなかったのかよ……。くそったれがぁぁぁーーーーーっ!!!!!」



 盗賊のボスは逃げる場所が無い為、何とかしてミクを倒そうとするものの、斧を叩きつけると肉に弾き返された。すると、何事かを呟いた盗賊のボスに魔力が集まる。



 「気持ち悪い肉塊が! コレでも喰らって吹っ飛べや!! 【強力斬パワースラッシュ】!!!」



 何かの【スキル】を使用したのだろう、魔力の色である赤紫色に体が輝いたあと、先ほどとは比べ物にならない速さと力で斧が叩きつけられる。


 だが、無情にも斧は弾き返された。先ほどと何も変わらないと言わんばかりに。


 呆然としていた盗賊のボスは気付けば触手に絡めとられ、逆さに吊り下げられると頭から喰われる。「ボリッ!」という音がしてボスの首から上が無くなると、死体は放り投げられた。咀嚼して飲み込んだミクは、元の人間形態へと戻る。



 「ぱわーすらっしゅ。あんなの教えてもらってないけど、多分教える必要が無いから教えなかったんだね。大した威力じゃなかったし、傷一つ付かなかった」



 そんな事を一人呟きながらも、両腕を狼形態にして、盗賊のボスと娼婦の死体を貪っているミクであった。

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