第7話

それから数週間後、再び雨の日が訪れると、俺は傘を片手に街を闊歩していた。


視線は自然と、曇天の空を彷徨っていた。


「どこ見てんの?」


傘の重心がぐらりと揺れ、パーカーの袖を雨粒が消し去る。


透明な雨傘にできた影を見上げると、例の彼女が立っていた。


「・・・アメ」


「そうね、今日の天気は生憎の雨。私にとっては、幸せの雨」


ひらり、彼女のワンピースが揺らめき、傘が再び大きく揺れる。


音も無く目前に着地するアメ。


「また会ったね。青年」


雨粒が弾けるように、満面の笑みを浮かべる彼女は、まるで虹がかかった空のように美しかった。


「アメ……君はいったい―――」


「質問の前に、君が名乗るべきでしょ?」


俺の言葉を制止するように人差し指を俺の目前にサッと立てる。


アメの御もっともな発言に、俺は無言で頷く。


「俺は、中善寺いずも。ただの人間だ」


明らかに人間ではないアメに対しての皮肉のつもりで、などと言ってみたが、アメは、不思議そうに首をかしげる。


「ただの人間?そんな目を持っていながら?そりゃ神様もご立腹だよ」


以前もそうだが、アメはやたら俺の右目を気にしている。


『私の眼』って言っていたよな。


一体どういうことだ?


俺は何か巨大で底の見えない深淵に足を踏み入れた気がし、冷や汗が出る。


「まぁまぁ、そんなに怖い顔しないで。その目の事は秘密にしといてあげるから」


アメはケラケラと笑いながら、目を細めた。


「それに、その目がある限り・・・・いや、やっぱり何でもない。気にしないで」


何か含みのあるような視線を閉じられた瞳から感じた。


「アメ、お前はこの目の事を知っているのか?知っているなら、何でもいい教えてくれ」


「私はアメだよ。信実の晴天は、隠されないと。それが私の存在意義でしょ」


傘の向こう、静かに降る雨の中に立つ彼女は全てを知っているような顔で俺を見つめている。


「・・・分かった」


俺は、幸四郎から課されていた宿題の一つが解決しそうではやる心を落ち着ける。


「じゃぁ、さっきの質問に戻ってもいいか?」


「いいよ」


「お前は、何者だ?」


少し考えるそぶりを見せるアメ。


しかし、なにかを思いついたように、眉が少し上がり、両手でお椀を作る。


しとしと降る雨が彼女のお椀に水溜まりを作った。


その水溜まりは、キラキラと七色に輝いて震えている。


「私は、君たちの言う『無色雨』の塊のような存在」


彼女は腕を大きく振り上げ、手に溜めていた水を天に放る。


キラキラと輝き、彼女の頭上に舞い降りる無色雨。


「だから、無色雨に当たっても存在が消失しない。というか、私、無色雨の中でしか生きられないし。」


彼女の言うことが正しければ、アメのいるところに無色雨が降るということだ。


無色雨の原因が、アメなのか?アメという存在が無色雨なのか?


「そんな難しい顔しないで。どうせいづもには何もできないんだから。」


アメが煽るように笑う。


「そんなことよりさ、私やってみたいことがあるんだよね。」


彼女が俺の隣に並ぶ。


俺は彼女の横顔を見て、不思議と嫌いにはなれなかった。


「やりたいこと?」


「うん。私『デート』?って言うものしてみたいんだよね。この前行った電気街のテレビで見たの」


デート……


俺は、何か裏があると思ったが、考えたところで何も思いつかないのでおとなしく頷くことにした。


「ありがと。それじゃあ行こ。」


そう言ってアメは右手を俺の左手に絡める。


一瞬、腕が溶けるような激痛が走り、俺は腕に視線を落としたが、特に何もなく俺の腕は付いていたし、彼女の手は俺の手を掴んで離さなかった。

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