第6話
あれから、数か月が経った。
俺はアカリさんの言うように、外を出歩くようになった。
久しぶりの外の空気は新鮮で美味しかったし、雨さえ降らなければ、街には日常が流れていた。
何気ない景色すら、「久しぶり」と感じてしまう自分がいた。
そんなある日、俺はふと雨の街を散歩しようと思った。
今思えば、何の脈絡もない不確かな思考が、俺の根本を変えてしまったのだと思う。
ぽつりぽつりと降り注ぐ雨のなか、俺は幸四郎が開発した特別製の傘を片手に街を闊歩していた。
誰一人としていない静寂に包まれた街。
確かに昨日まであったはずの賑わいも、活気も忘れ去られてしまったかのように。
そんな街の中を俺の足音だけがコツンコツンと、響いている。
「・・・・耳が寂しいな」
「寂しいなら歌ってあげようか?」
ふと、頭上から大人っぽくも、子どもっぽくもない、曖昧で、不確かな、でも芯の通った声が聞こえた。
俺は、とっさに顔を上げる。
車道信号機に、真っ白なワンピースを纏った、ひとりの女性がそこに座っていた。
純白で絹のようにサラリとした髪、肌も太陽に輝く雪のごとく白い。
目は、開いているのか瞑っているのか判別できないほど細く閉じられ、口元だけが優しく笑っている。
人がいる。
なぜ?
しかも、頭上?
彼女は傘をさしていない。
なぜ消えない。
無色雨は確実に降っているのに?
「どうしたの?だんまり?」
頭上の声が弾むように言う。
「・・・・お前は、こんなところで何をしているんだ?」
「ん~、暇つぶし?」
なぜか疑問形で答える。
俺は、今降っている雨が無色雨かどうかの確認のために右目の力を使った。
上空からは虹色に見える雨がしとしとと降っている。
やっぱり、無色雨が降っている。
「君はなぜ―――」
「それ、私の“眼”」
彼女は、俺の右目を指さして急に表情を無にした。
冷たい夜雨のような眼差しが俺を縛り付ける。
「・・・・お前は、何者だ?」
「私は、なんだろうね?」
彼女は、全く表情を変えずに首をかしげた。
しかし、唐突に笑みを浮かべ「君が私を定義してよ」と。
一瞬で目の前に立つ彼女。
彼女の動きが見えなかった。
予備動作はおろか、飛び降りるという行為すら観測できなかった。
気づけば、もう彼女はそこに立っていた。
「・・・・・あめ」
自分でも、意識していなかったが、ポロリと口からその言葉がこぼれた。
「ふ~ん、雨か。率直な感想だけど、悪くはないね。」
彼女は嬉しそうにくるりと回る。
真っ白なワンピースの裾がふわりと弧を描き、雨粒がきらりと光った。
それと同時に雨脚が強まり、雨粒が虹色の滝のように目の前を通り過ぎた。
「私は、アメ。ありがとう、君。また会おうね」
そう言うと、アメはまばたきの一瞬で消えてしまう。
服は、彼女が撒き散らした雨粒で穴だらけ。俺は、しおしおと帰ることにした。
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