22:アオイちゃんと樹里は冒険者のお約束を体験する

「ソデラは森の中~」

「何の歌だよ」


 アーラを午後に出て、ソデラには日没の頃に到着。

 相変わらず商人を自称する怪しい美人姉妹は、街の入口の門でも咎められることなく無事に通過した。

 というか門番め、お前は本当に女なのかって疑えよ。いや、疑ってくださいよろしくお願いします。


「ここにはダンジョンがあるらしいよ」

「樹里は物知りだな」

「まぁ…、製作者みたいなもんだし」


 大きな四角形の城壁に囲まれたソデラは、城内にも幾筋の水路が通り、緑の濃い街だ。

 さすがはソデラ連合国の首都の片割れと言いたいところだが、港町のアーラに比べて産業に乏しいソデラがなぜ繁栄しているかといえば、大型のダンジョンを抱えているためだという。


「結局、ダンジョンっていくつあるんだ?」

「たぶん十七、かな」

「たぶんって、製作者なのに?」

「ボクが作ったんじゃないよ」


 樹里にいろいろ質問したら、頬を膨らませながら抱きつかれた。

 可愛いけど身長差のせいで、抱きつかれると俺の頭が押し潰される。きちんとした着物姿なので、巨大クッションに埋もれる感じでもないし。


 その上で、ダンジョンに関して樹里が知っている内容――樹里が身体を奪った「女神」の記憶――をまとめると、次のようになる。

 「女神」は、五百年前に魔王の俺が別世界に去った後、タイゾウ山に封じていた俺の力を悪用することを思いついた。

 そこで最初に出来上がったのが、例のタイゾウダンジョン。

 ただし「女神」はダンジョンと呼んだことはない。単なる「穴」だ。


 そもそも、なぜ「穴」を掘ったのかというと、封じた俺の力に近寄れなかったという、くだらない理由だった模様。

 離れた所から穴を掘って、できるだけ封じた中心に近づいて、そこに魔力で魔物を生む装置を設置する。

 その際に、「女神」を祀る教会の関係者の記憶を吸い取り、檻を作って魔物を出現させるシステムができた。

 魔物については、教会で配られている教団の宣伝冊子に載っていたものがモデルになった。

 教団では、魔王が魔物を率いて襲ってくるという物語をでっち上げて信者を増やしていた。その魔物を実体化させたわけだ。


 ちなみに、魔王の俺は魔物なんて率いたことはない。というより、俺は誰かを率いて戦ったことなんて一度もなかった。

 その辺の人類が何万人揃っても、俺の方が強い。だから俺は勝手に暴れ、モクのような人類の王に人類は任せていたのだ。


「ソデラの穴は、ボクの記憶では四番目だね」

「まだ飽きてなかった頃か」

「もう飽きてたんじゃないかなー。みんな造りは一緒だし」


 ここで問題なのは、「女神」は享楽的、刹那主義、適当でいい加減だったことだ。

 まぁ俺がこの世界を五百年離れる決断をしたのも、そのいい加減さを信じたためだったが。


 タイゾウダンジョンからいろいろ変な魔物が生まれ、人類が慌てたのを見た「女神」は、退屈しのぎになったと喜んだ。

 そして、俺の力を封じていない他でも、同じように穴を掘ってみた。

 元々、この世界は魔力に覆われている。そして、魔力が湧く場所はあちこちにあったので、タイゾウダンジョンほどではないものの魔物を生む「穴」は作り出せた。

 その結果、「女神」はあちこちに「穴」を作り、そして作っているうちに飽きた。

 樹里の記憶でも「だいたい」十七としか分からないのは、「女神」自身が作ったのかどうかすら覚えていなかったからだ。


「もしかしなくても、ボクたちが後始末しなきゃいけないと思うよ」

「俺も?」

「ボクとアオイは夫婦だよね!?」

「痛い痛い! 爪立てないで…」


 適当に返事したら、着物で隠れた聖剣を思いっきり握られた。

 思わず前屈みになって、両手で股間を護ろうとするが、そんな自分の目の前で樹里が指を動かすと、ガードした奥を直接攻撃されてしまう。


「アオイは…自覚が足りないと思うよ」




「頼もう!」

「いや…、そんな入り方あるかよ」

「あれ? そもさん、が良かったの?」

「もっとダメだろ」


 ダンジョンの管理組合があるというので、情報収集のために行ってみる。

 碁盤の目の街の北西の端に、木造板屋根だが大きな建物。

 コバンが知識を与えていれば、冒険者ギルドとか呼ばれていそうな施設だが、ギルドの定義には当てはまらない。王室の経営らしいし。


「なんだ姉ちゃん? ここはアンタみたいな別嬪さんが来る所じゃねーぞ?」

「ね…」

「ありがとねー。でも別嬪さんだって用があれば来ちゃうんだよー」

「そ、そうかい」


 道場破り、もしくは禅僧みたいに入ってしまったら、ちゃんとお約束に遭遇。とりあえず発言を訂正させようとしたら、樹里に遮られたのは悲しいが。

 施設の中は、長テーブルがいくつも並ぶ空間で、小汚い格好のオッサン連中がたむろっている。

 うむ。向こうの世界の物語なら、端っこのテーブル辺りで若い女の冒険者が絡まれているはず。パーティーから追放だ、もありだな。ないけど。


「お兄さんはダンジョンのことに詳しいの?」

「あ、お、俺か? そ、そうだなぁ、中の魔物はだいたい倒したぜ」

「嘘つけ!」

「土下座のカーンって誰だっけ!?」

「うるせぇ! てめぇだって逃げ出しただろ!」


 結局、樹里のコミュニケーション能力もここでは大して役に立たず。

 こんな日中に待合にいる奴が凄腕なわけないだろうな。




「ボクたちはザワートの商人です。ここのダンジョンについて知りたいので、説明していただける方をどなたか紹介してもらえませんか?」

「は、はい。……コンビニ商会、ですか」

「商売の種がないか視察中なんですよ」

「わ、分かりました」


 偶然の出逢いで情報収集しても実りがなさそうだったので、受付で一応の目的を告げてみる。

 なお、受付に若い女性がいたりはしない。

 こんな荒くれ者だらけの職場、しかも男女差別の激しい世界で、女性に務まるはずはないのだ。

 現に俺たちだって、女二人組というだけでなめた扱いを何度も受けている。

 まぁ今のところは、そういう体験も物珍しいから気にならないが。


「商会の方がお相手くださるそうです」

「ほほう」

「すごい。ありがとう、お兄さん」

「い、いや、それほどでも…」


 とりたてて特徴のないオッサンは、樹里に感謝されて照れていた。

 まぁ何だかんだ言っても、この見た目は役に立つ。襲われる確率が高まる代わりに、下手に出れば無理を通せたりする。

 もちろん、襲われても安心な力をもっていればこそ、だが。


 本当にただの美人姉妹で商人だったら、チート持ち転生者に助けられているか、そんな幸運に合わずに生涯を終えてるかのどっちかだ。

 チート持ち転生者なんているわけあるかって?

 樹里がいるんだぜ。


「アオイって、何か不愉快なことを考えてない?」

「樹里と愉快な仲間たちの今後を考えてるぞ」

「アオイと樹里と、愉快な仲間たちだよ?」


 樹里みたいな奴が他にもいたら、普通に転生でも転移でもできることは証明されている。こんな恐ろしい女が増えるのは勘弁してほしいなぁ。


 あ。

 一人の樹里は大歓迎だ。




※一部カットしています。そして次で最終回。

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