17:アオイちゃんはお風呂を用意しろと命令される

 二人が乗った蒸気船は、ソデラ連合国の港町アーラに到着した。

 途中で大ダコに襲われながらも、奇跡的に無傷で辿り着いた船。船員はすぐに警備隊に状況を伝え、一時的に船の発着が禁止された。

 また大ダコが出現したら、今度こそ全滅は免れないのだ。


 まぁ、そのうち死体にガスがたまって浮き上がるから問題ないな。


「じゃあな、お二人さん。うまい話があったら教えてくれよ!」

「退屈しなかったぜ、オッサン。またな!」


 船内で仲良くなったオッサン――センゴク王国の商人らしい――と樹里が挨拶を交わす。

 一応、俺たちは追放されて身分を偽っている身だから、できるだけ他の人間との接触は避けようと思っていたが、むしろ商人と船乗りの知り合いが増えてしまう結果に。

 樹里のスペックの高さを、今さらのように思い知る。少なくとも、こいつと口げんかして勝てる気がしない。


 なお、俺と樹里は着物姿の女性姉妹なので、新婚夫婦として扱われることは一切なかった。

 その代わり、言い寄られることもなし。


 樹里が奪った「女神」の能力には、生命体の魅了というヤバいものがあった。

 要するにそれは、自分を信仰させるためのインチキ能力だったわけだが、それをマイナス方向に使ったという。

 船内では、美人姉妹だけどなぜか興味がわかないという絶妙な加減。本当に商売する時には、わずかにプラス方向に振るらしい。



 アーラは大きな川の河口にある。川の名前はモガーミ川で、俺たちが向かうらしいモガーミ公国はその上流だ。

 商人の買い付けという設定は口から出任せだし、コンビニ商会なんてバカバカしい名前を名乗るのは恥ずかしい。

 だからモガーミ公国に向かう理由はないけど、他のアテもないからとりあえず旅を続ける予定である。


「言葉が全然違うんだね」

「外国だからな」


 アーラは港のある低い土地と、背後の小高い丘の上に街が広がる。そこら中に坂があって、荷車の移動は大変そうだ。

 ただ、言葉の違いは指摘されるまで気づかなかった。

 五百年前までの魔王国は、この辺の国もだいたい従えていた。本当に従っていたのかは知らないが、少なくとも献上された女は抱いたのだ。

 抱いた女を通じて言葉を知ったから、だいたいどの言語も分かるのだ。すごく魔王っぽいぞ、自分。


「昔はオーリン語ってのもあったぞ」

「何それ。まさかアオイの真似させた?」

「当然だ。俺が世界の秩序だったんだ」

「逃げ出したくせに」


 無駄話をしながら向かった先は、坂の上にある大きな宿だった。

 偽造の身分証を使って、町で一番の高級宿に泊まる。まぁ商人がセキュリティーに問題のある安宿に泊まるのもおかしいから、特に怪しまれずに部屋は確保した。

 ちなみにダブルベッドである。

 俺たちはあくまで姉妹として行動している。姉妹がダブルベッドで寝るのは、別におかしくないらしいぜ。


 おかしいだろ。


「あー、緊張する」

「バカ? アオイって何人抱いたの? 百人以上?」

「何人抱こうが樹里を抱くのは初めてだ」

「………そ、そう」


 覚悟を決める。

 あらかじめレンには念話で、アーラへの到着を伝えた。そして、今晩は接触できないとも。

 その後、三人はなぜか俺ではなく樹里と話していた。

 樹里がどうやって上下関係を仕込んだのか、正直言えば考えたくない。




「それでね、アオイ」

「おう」


 あらゆる障害が解消されて、いよいよ部屋で二人きり。

 一応、至近距離で見つめられた経験は何度もあった。今さらだけど、鈴木葵の幼なじみの訶室かむろ樹里は、ちっとも好意を隠してなかった。


「アオイは…樹里のこと、どう思う?」

「え?」

「……………」

「あ、あの、……好きだぞ」

「本当に?」

「ああ」


 むしろなぜ鈴木葵は手を出さなかったのかが謎だ。


「ボクはずっと好きだったよ」

「…そうだったんだろうな」


 身分違い過ぎたというのは確かだけど、昔の記憶を取り戻した今なら分かる。

 訶室家という謎の大資産家は、樹里が陰から家族を操って大金持ちになった。それも、俺が鈴木葵として輪廻転生するのに合わせて資産を作り、道端に捨てられていた赤ん坊を施設に送って援助していたようだ。

 記憶と能力を封じた状態でも、元が魔王なので死にはしなかったと思うが、樹里のおせっかいのおかげで楽しい学生生活もおくれたわけだ。

 頼んでもいないのに、なぁ。


「だから…」


 正面から向き合って見つめられると、さすがに緊張する。

 いよいよだ。


「お風呂出して」

「はぁ!?」

「お風呂出して。アオイ」

「…お前は何を言ってるんだ」


 ついに二人の初夜が始まる。

 その緊張に包まれていたはずの部屋で、俺は思わず、いにしえの格闘家の真似をしてしまった。


「お風呂、忘れたの?」

「忘れるってどういう…」


 そこで気づく。

 そういう意味かよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る