15.5:樹里は「女神」を退場させる

 シリだったり樹里だったり、ボクの名前はいろいろ。

 いつ生まれたのかも分からない。

 だけど、彼よりきっと年上。


「ここに力はあるか!?」

「あるよ。ここにあるよ」


 五百年前、山で逢ったバカな男。

 麓の人間が崇めるだけの霊山に、いったい何をしに来たんだと思った。


 まぁ。


 霊山っていうのは、ボクがいる山ってだけ。

 ボク自身は、ただ長生きしているだけ。

 麓の人間たちがどんどん変わっていくのに、ボクの時間は止まったままだ。



 だからさ。


「お前は面白いな。俺が知らない力を持っている」

「ふーん。………君はなんて名前なの?」

「俺? 俺か?」


 ボクは気づいたんだ。


「そうだなあ。もう昔の名前は捨てた。この辺りで最初ってのはイチだって言うから、今日から俺はイチだ。どうだ、まいったか!」

「何をまいるんだよ、イチ」


 ボクと同じくらいデタラメな男。

 年老いて死んでも、すぐに同じ顔でやって来る非常識。


 ボクもそうすればいいんじゃないかって。





「智慧の神だっていうくせに、お前ってバカだよな」

「ボクは神じゃないし、ハチほどバカじゃないし」


 ボクと彼が始めた、二人だけの遊び。

 彼が死んだ回数は、いつも名前で判断できた。


「まぁしかし、この名前はいいな、しっくり来る」

「ただの数字だよ?」

「やっと俺は手がかりを掴んだ気がする」

「何の手がかりなんだよ?」


 そんな彼が、八回目の時を境に名前を変えなくなった。

 山を駆けあがり、峰の突端から飛び降りて、血だらけになってまた駆けあがって…、彼の遊びもますます理不尽になった。


 ハチ。

 ボクはその名前が気に食わなかった。

 彼はいつかここから去って行く。手がかりって、そういう意味だと知っていたから。


「ボクも手がかりを掴んでみるんだ」

解脱げだつするのか?」

「ハチは難しい言葉を言うね」

「お前に言われると、バカにされた気分だ」

「バカにしてるんだけど」


 あの人が言う意味なら、それは違う。

 でもボクは逃げ出す気も、本当のどこかに行く気もない。


 ハチはバカだから、ボクに教えてくれた。

 人間の言うことに従わなくとも、期待に応えなくてもいい。

 そして――――。



 山からいなくなっても、いい。




「で、今日もお見合いなんだろ? さっさと行って来いよ。そんな格好でコンビニ入ってどうする、樹里」

「アオイとお見合いすればいいと思わない? 名案だよ」

「冗談言ってる場合か、お嬢様め」


 最後の君は、わざわざ何もかも忘れて、穢れた人間世界で生きた。

 だからボクも後を追った。

 本当は、ボクも記憶を封じて真似したかったけど、それだけはできなかったんだ。



 だって、君はもうすぐ帰るから。

 ボクが過去を忘れたら、君がいなくなる意味も分からなくなってしまうから。




 世界一の資産家の娘は、そうして消えた。

 ボクがちょっと本気を出せば、お金持ちになるくらい簡単。

 最後の両親には、感謝を。

 お世話になったみんな、学校の友だち、長生きしてね。


「な、何だお前は!?」

「うるさいなぁ。…ボクに選ばれたこと、もっと喜んでよ」

「や、やめろ! は、入ってくるな!!」

「心配ないよ。君にだって次はあるから」


 ボクは今から、ちょっとじゃなく本気出すんだ。

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