12:アオイちゃんは逃げられない

 「女神」を祀る教会で起きた、まさかの事件。

 白衣の男に取り憑いて罵詈雑言をわめき散らすはずだった「女神」は、沢山の目撃者の前でその身を乗っ取られてしまった。

 そして、乗っ取り犯は祭壇に姿を現わす。

 そう。

 俺が向こうの世界で修行していた間、ずっと近くにいた女。樹里だった。




「陛下。これはいったいどういうことでしょうか」


 教会本部ではとてもじゃないが話したくなかったので、急遽タチマ王国の宮殿を借りた。

 とりあえず、部屋に入れたのはレン、ハルキ、リオとコバンだけ。

 テーブルの片側に三人が座り、反対側に樹里。俺は上座で、コバンは俺の後ろに立つ。正直言えばコバンにも席を外してほしいが、魔王の俺の五百年に関わる以上はやむを得ない。


「こっちからも聞くわ。アオイはまさか、こんなのを囲ってるの? セ●レ?」

「セ、●フレとはふざけるな!」

「はははは、魔王様は罪なお人ですなぁ」


 ぶっちゃけ言って、樹里はこういう性格だ。どぎつい話題もストレート。

 むしろ、三人が樹里に対してここまで強硬に出続けるとは思わなかった。

 なぜかって?

 普通なら三人とも倒れているはずだからだ、


「とりあえず双方落ち着いてくれ。俺は逃げないから、樹里は…、もう少し力を抑えられないか?」

「あらどうして?」

「周りの人間が耐えられないからだ」

「ふうん」


 ちょっと前にコンビニで会った時と比べて、いろいろ大きくなっているが、顔もしゃべりも俺と同じ大学に通っていた樹里のまま。

 だがそれは、この世界で勝手な真似を続けていた「女神」を乗っ取った身体である。


 俺が五百年の修行に出なければ勝てないほどの強者の身体。そんな身体が気遣いもなしに力を発散すればどうなるか。

 俺の気に宛てられて三バカが気絶したように、王宮周辺では少なくとも数十名が倒れている。やめさせなければ死人が出るだろう。

 正直、真正面で対峙する三人はよく耐えてると思う。俺ですらビリビリ感じるんだぜ。


「まぁいいわ。さっさと紹介して」

「お、おう」


 幸い、樹里はこちらの要望を聞いてくれた。

 そもそも、奪ったばかりの強大な力を制御できるのかも不安だったが、特に問題ないらしい。というか、あの「女神」に反撃の隙も与えず、消え去ったようにみえる時点であり得ない。



「……とまぁ、こんなところだ。俺もまだ戻って日が浅いから、それぞれの国のことはよく分かってない」

「ふーん。アオイが慈悲なんてあげちゃうんだ。それってボクの真似?」

「絶対に違う。自分にも理解できないが、向こうの世界の慈悲とは意味が違う」

「へぇ」


 樹里には、あの意味不明な「慈悲」について話すしかなかった。

 正直、あの場面はコバンも知らない極秘事項。背後に立つ爺に聞かれるのは非常に嫌だったが、爺は平然としていた。

 コバンは「慈悲」を現象として知っていた。そして、三バカが気絶する環境でも平然としているレンたちを見て、それがあったと推測していたという。


「要するにこの三人は、アオイが自分の側で使うため仕方なく力を与えただけね」

「そ、そんなことはない」

「私たちは陛下の……お、お世話を」

「で? アオイは結婚してくれるの? くれる? だよね?」


 ………結局、修羅場に戻ってしまう。


 はっきり言えば、樹里がここまで俺に執着するとも思っていなかった。

 最後の生でも、幼なじみの関係のまま二十年を過ごした。確かに互いに好意のようなものはあったと思うが、一線を越えることはなかった。


「アオイはボクの覚悟を甘く見すぎだよ? ボクは五百年我慢したんだよ?」

「……ごめん」

「で、責任取ってくれるの?」


 ……………。

 気まずい。


 成り行きで男女の仲になった三人とは、あえてカテゴライズするならセ●レとしか言いようのない関係だ。

 女友だちという名目でいちゃいちゃするのは、男女の関係だと問題になるため。この状況で結婚はない。

 だから樹里と結婚することに支障はないだろう。

 しかしだ。


「樹里。五百年待たせたのは事実だし、俺だってお前に何も感じてないわけじゃない。ただ、時間が必要だ」

「時間? また五百年待てって?」

「違う」


 またもや樹里の周囲にどす黒い気が見え始めたので、慌てて言葉をつなぐ。


「俺と樹里はつき合ったことも恋人同士になったこともないだろ? ま、まずはお友だちから?」

「え? 何か言った!?」

「……最後のは冗談だ。でも少しでも段階を踏みたいのは本当だから」

「ふーん」


 三人の前で樹里だけ特別扱いすることにも引っかかりはあるし、とにかく胃が痛い。

 今さらだが、自分はまるで魔王じゃなくなってる。話題を変えたい。


「というか樹里。アレはどこに行ったんだ?」

「あれ?」

「あ、あの! ………女神です!」


 俺が聞くと曖昧になってしまう部分は、レンが叫んだ。

 まぁ今さらなんだけどな。


 俺もそうだが、三人、さらにコバンも揃って身を乗りだすほどの重大問題。

 しかし樹里は素っ気なかった。


「知らないわね。たぶん輪廻に還ったんじゃない?」

「ええっ!?」

「驚くようなことなの?」

「あんな、殺しても死なない奴だぞ?」

「何言ってるのアオイ」


 その瞬間の表情は、「女神」を超える外敵の誕生を示していたと思う。


「あんな小者、ボクの敵じゃないよ」

「………」

「ボクの正体、知ってるよね?」

「ああ。俺の記憶が確かならば、間違っても男女の仲なんて望まない奴だ」

「あんな人間の勝手な妄想、信じてたっけ?」

「…………」


 樹里の過去については……、正直言って思い出したくない。



 俺は向こうの世界に遷って、すぐに山に籠った。


 そもそも修業先を決めていたわけではない。生命体がいて、ある程度の文明が発達していないと修行も難しいだろうと思いながら、行き先を指定せずに転移した先が、向こうの世界だった。

 なので最初にしたことは、修行して力を高める手段があるかどうかだった。


 街にいる剣技の達人とか、そういう類の者にも接触した。

 こっちの剣技とは違う達人の戦いっぷりは格好良かった。

 しかし、武技をどれだけ高めても、純粋な魔力で戦う場では役に立たない。あの「女神」に、人類の武器で立ち向かって勝てるはずはないのだ。

 だから早々に見切りをつけて、次に向かったのは霊山と呼ばれる土地だった。


 そこで俺は見つけた。

 自分の知る魔力とは違う、しかし間違いなく魔力に類する強大な力を。


「世界をまたげば、力の大半は失われる。それは樹里が……、シリと名乗っていた頃に聞かされた」

「ふふっ、そんな名前の時もあったね」

「それなら、なぜアレを殺すだけの力があるんだ」

「分からない?」

「…………」


 ここに戻った俺に、向こうで得た力はほとんど残っていない。

 ただ、自分がもっていた力はわずかに変質した。

 この世界の理(ことわり)を、ほんのわずかに超えただけで、きっと「女神」を倒せたはずだった。


「お前も…修行していたってことか」

「知らなかった?」

「知ってる」

「でしょ?」


 とある山の中で突然出会い、あの世界の可能性を見せてくれた者。

 サッタのシリは、ともに修行し、向こうの世界で俺を導く者だった。

 だから―――――。


 俺も、こいつを導いていた。

 そして、なくしたはずの執着の果てに、俺の不倶戴天の敵を代わりに倒してしまった?




 そんなアホな話があるかよ。


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