11:アオイちゃんは修羅場

「あちらがタチマの教会本部です」

「こ、こ、このたびは御自らわざわざお越しいただき、きょ、恐悦至極に…」

「手のひらに書くなよ兜人間。こっちが恥ずかしい」


 五百年ぶりに帰還して一ヵ月。

 ザワート大公国を巡る環境は大きく変わった。


「大公殿に対する数々の無礼、誠に遺憾であり深く憂慮するものであります」

「お前が憂慮される側だろう。ごまかすならそれでもいい、敵対したとみなすだけだ」

「お、お待ちくだされ。我々はただ女神様の御神託に従ったまででございます」


 俺は、ザワート大公と三人の重臣、ついでにコバンを連れて堂々とタチマ王国に入った。

 タチマ王国は、五ヶ国連合軍に加わって俺を殺そうとした敵国。再び刃向うならそれも仕方ないと思っていたが、例の三バカが出迎え、そこからは国賓待遇で王国の都ヤーキへの旅となった。

 そして都に着くと、タチマ国王は俺の前に平伏。

 国王に案内されて教会本部へ移動すると、今度は大神官の言い訳が始まったのだ。


 なお、神官たちは俺の姿を見てあからさまに動揺し、その後は嫌らしい視線を向けている。

 さすが羽虫を信仰するだけあって、神官すら煩悩剥き出しだ。

 自分で言うのも何だが、今の自分の見た目は絶世の美女だ。どんなに男としてふるまっても、相手にはそうは映らないらしい。



「貴教会は、魔王様への不敬な態度の数々についてどうお考えか」

「た、大公殿。……な、何と申し上げれば良いのか」


 面倒くさいので、後の処理は大公に任せる。

 そもそも戦後処理自体はザワートとタチマの国家間の問題で、俺自身は侵略戦争の名分に使われただけ。

 なので今は適当に善良な市民としてふるまえばいい。


 ただ――――、この状況は予想外だ。


 三バカの指揮で五ヶ国連合軍が引き上げた後、連合はあっさり解散し、タチマ王国に至っては「女神」の信奉すらやめてしまったという。

 百歩譲って、三バカが俺に寝返るのはまだいい。あの場で力の差を思い知った以上、強い方につくのは普通の判断だ。

 しかし「女神」が消滅したわけでも、俺に敗北したわけでもないのに、いきなり国丸ごと寝返るなんてあり得ないだろう。


「実は…、最近は女神様の御託宣が全くないのです」

「ちゃんと現れて俺を攻撃したぞ? それは伝わってるのか?」

「は、はい! その場に従っていた神官から詳細に承っております」

「嬉しそうに言うな」


 あの襲撃の場にいた神官は、俺と「女神」のやり取りも、その人智を超えた攻撃の様子もすべて教会に伝えたという。

 まぁ溶岩に囲まれた状況から、俺がすべて復元したことも伝わった。そこで俺に対する畏怖も増したそうだが、ともかく「女神」は今もいるし、現在進行形で俺と敵対している。


 しかし。


 あの攻撃の後、また襲って来るだろうと警戒しているのだが、音沙汰がないのは事実。

 五百年前だったら、力が回復すればすぐに攻撃してくるという状況だった。以前と違うパターンで攻めようとしているのだと、さらに警戒レベルを上げていた。


「せっかくの機会だ。託宣の儀式をやってみたらどうだ? 不倶戴天の敵もいるし、まさか無視はしないだろう」

「え? い、今からですか?」

「おう! 羽虫のありがたいお言葉を頂戴してやる」


 俺の提案に大神官は慌てたが、準備のため翌日に再び教会本部を訪れることになった。

 一応、神を降ろすにあたっては関係者の潔斎が必要だという。

 あんな汚い言葉を吐く奴に対して、身を清める理由があるとも思えないが、それが正しい方法なら仕方ない。




 そうして翌日の朝。

 教会の聖堂とやらでは、白衣の男性が熱心に祈りを捧げ、その側で大神官が長々と願文を唱えている。


「ここでは男がやるのか」

「…………」


 大神官は忙しそうなので、口籠る大公に無理矢理聞き出したところによると、「女神」は絶対に男の身体にしか降りないらしい。

 さすが快楽のために世界を滅茶苦茶にするクズである。

 もしかして、俺の身体に女が混じったのも、アレの干渉だったりしないだろうな?


「ぅ……ぁぁぁぁああっ!」


 やがて白衣の男性は苦しみだして、聖堂の床を転がってもがく。どう見ても疫病神だ。

 しかも男性は、痙攣しながら横たわり、そしてはだけた白衣からまさかの下半身を露出させた。


「んぅぅああっ!」

「………マジかよ」


 白衣の男はのけぞりながらアレを散らす。

 その汚物は、側にいた大神官の礼服に飛び散った。


{おのれ、おのれ虫けらめ!}


 開いた口がふさがらない俺の前で、白衣の男は突然高い声になり、恨み言をつぶやきだした。

 恨み言は自分に向けられているのだが、正直言ってどうでも良かった。

 まさか託宣をリアルに体験できるとは思っていなかったので、こんなクソみたいな状況なのに俺は興奮したのだ。



 だがしかし。



{貴様など今すぐ消し………お、おい? なんだお前は!?}


 「女神」の様子がおかしくなる。

 目に見えているのは白衣の男。一人芝居のコントを演じているようだが、冗談じゃないことぐらい分かる。


{や、やめろっ! 入ってくるな!!}

{ふふ…}


 そして、もう一人の声が響いた瞬間。

 俺は理解した。

 「女神」の危機…、そして俺自身にとって夢か…、それとも悪夢かも知れない状況を。


{あーうるさかった}

「……………」

{というわけで、ボクは身体を手に入れたよ。……アオイ}

「……………」

{あれ? まさかボクのこと忘れちゃった?}


 なんてこった。

 思わず頭を抱えてしまった。


「誰が忘れるか。………樹里」

{ふふふ。アオイのためなら、ボクはどこにだって行くんだよ?}

「行きすぎだろ」

{もうボクも遠慮はしたくないんだ。だから逃がさないよ、アオイ}


 白衣の男は倒れ、そして背後の祭壇が白く輝く。

 その光がおさまる頃には、一つの影が現れていた。



 そう。

 向こうの世界で知り合い、ともに修行した者。

 五百年の間、何度も輪廻を繰り返したのに、必ず俺と出会う女。


 最後に生きた時は樹里と名乗った彼女が、普通の人間じゃないことは分かっていた。

 だけどな。

 まさか「女神」に取り付き、その力と意識を奪うほどの化け物だなんて思わなかったぜ。


「へ、陛下を御守りしろ!」

「お、お前ら?」


 倒れた白衣の男を捨てて、直接祭壇に現れたのは、俺とはジャンル違いの長身美人。クールビューティーの俺が右端なら、こいつは文句なしのセンターだ。

 つまり一見すると人間の女…だが、さすがにあんな登場する奴を警戒しないはずはない。

 そこで俺の前に立ち塞がったのが、レン、ハルキ、リオの三人だったのは少し意外だったけど。


「な、何者だっ!」

「えっ!? 何だって!!?」

「くっ……」


 レンたちはまぁ、護衛の務めを果たそうと頑張った。

 だが、どうやら悪手だったらしい。

 高い祭壇に立ち、こちらを見下ろす樹里の低い声が響くと、聖堂内に衝撃が走り、窓や扉が吹き飛んだ。

 大神官たちや大公、コバン、三バカなども床や壁に叩きつけられ、残されたのは俺とレンたちだけ。まぁレンたち三人が飛ばされなかったのは、単に俺の結界の中にいたからであって、中で気絶している。


「アオイ。その子たちを抱いたんだね?」

「………ああ」

「ボクじゃなくて、その子たちを抱いたんだね?」

「いやちょっと待て。これは言っておくがいろいろ不可抗力…」

「アオイは他の女を抱いたんだね!!?」


 …………。


 祭壇に立つ女は、気のせいか背丈は違うが、服装は向こうの世界で大学に通っていた時のまま。

 いつも見せつけてくる谷間すら記憶の通り…というか記憶以上で、ただし向こうの世界で喩えるなら般若とか橋姫な形相だ。


「すまない。……俺はあの約束を忘れたわけじゃない」

「……………」

「三人と交わったのは、たぶん俺がここに戻るための儀式なんだ」

「ふ、………ふーん」


 ここに来ては言い訳しても仕方ない。

 幸か不幸か、俺と樹里以外は全員気絶しているから、素直に謝ることにした。


「女の子の真似してるのは?」

「そ、それは知らないぞ! むしろお前がやったんじゃないのか?」

「ボクがアオイをぼいんぼいんにして何の得があるのかな?」

「う、うむ…」


 ともかく、俺は必死にここまでの状況を話した。

 「女神」を倒しに来たはずが、どうして痴話喧嘩になってしまったのか。いや、喧嘩というより浮気現場を押さえられた感じ?


「約束…忘れてない?」

「ああ」

「そうなんだ。アオイは忘れてないんだ」

「ああ」


 樹里の声がだんだん穏やかになっていく。


 俺だって忘れてなんかいない。

 五百年の約束。

 向こうの世界では誰とも恋仲にならないし、誰とも交わらない。ちゃんと守ったんだ。


 そうだ。

 「慈悲」は、向こうの世界じゃないから約束を破ってはいないんだ…と、口にすれば泥沼にはまるようなみっともない言い訳。

 おかしいだろ。何しに来たんだよ自分は。

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