遍く過去が潰えた先で
「ひゅっ、ひゅっ……!!」
濁った呼吸音が、もう音を放つことの無い喉から留めなく溢れてくる。
「(あぁ、ちがう。私の出したい音はこんなのじゃないのに)」
必死で、必死で走る。誰にも見られることのないように。久しぶりに出した声にもならない、でも私の声の欠片が入った音を誰にも聞かれないように、走って…………力尽きて、体育館裏の壁に背中を預け、ずるずると座り込む。
「(都々が入ったスマホを響也くんから返してもらわないと。凄かったと、今までで一番いい歌だったと、都々にも、頑張ったねと……いわ、ないと……)」
本当に凄かった。都々の合成音声を自然に見せるために最終調整をギリギリまでして、体育館を本当のライブ会場のようにし、更には響也くんの声と調和を取れるようにまでして、歌っている時には、キラキラとした光が二人の周りに舞っていた。
今までも、似た感情を抱くことは何となくあった。都々が、他の絡繰人形達とライブ会場で歌を歌った時、あぁ。もしかしたら私にもこんな未来があったのかもしれない、なんて。私の声が、……わたしなんかの声が――
「そのおかしな声で歌うのをやめろ!!!」
「――っ!!」
不安になって、自分の首を触ってもあの時の感覚はない。ここには私一人。だから、大丈夫。あれは、過去にあったこと。
御母様が亡くなって、させられていたピアノの練習もあんまり楽しくなくて。一人だったから大好きな歌をかけて、気づいたら本気で歌っていて、帰ってきた御父様に、
――声が出ないよう、首を絞められた。
そんなのは過去の事だ。過去な癖に、声はちっとも出やしない。もう、出したくないから、いいけど。
「(こえ、なんて……あんな、おかしできたない音なんて、いらない……)」
そう思っても、ぼろぼろと涙はこぼれて、また汚い嗚咽が出る。都々が、私の代わりに歌ってくれる。だから、私の"おかしくてきたない"ものはいらないのだから、だから……手が、無意識的に首に向かい、ぎゅっと、締め始める。
「ひゅっ……っ……」
締めているのは首なのに、脳が少しづつ締まっていく感覚と共に訪れる、ぼんやりとし始める視界。これが正しい。だって、御父様がしたことだから。これで、いいのだと。意識が消える寸前で、遠くから声が聞こえる。
「雪奈っ!?」
数時間前と同じように、いや、それよりも強い力で両肩を掴まれ、引き寄せられる。
「お前なんで首絞めて……息できるか?体が痺れるところは?」
そのまま、首に添えていた手を咎めるように片手で両手を包まれ、もう片方の手で背中をさすられる。
「……」
なんでここに、なんて言葉は当たり前のように出ず、ただ首を振ることしか出来ない。
「悪い、みんなにもみくちゃにされてたから来るのが遅れた。歌が悪かった訳では無い、んだよな?メモ帳もスマホも、都々も置いてきちまったからな……」
響也くんはそうぼやきながらも、私の手を離したと思えばぎゅっと抱きしめられる。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、久しぶりに全身で感じることの出来る人の体温に安心して、きゅっと響也くんの制服に縋り付く。
「雪奈の叔父さん?って人とも話したし、色々考えることがあって疲れちまったんだな。大丈夫、お前が嫌なら俺はなんもしないよ。だってさ」
叔父さんと話した、とは、?と思いつつもそれすらも一旦思考の底に落ちて、ただ私を安心させるためだけに言葉を紡いでくれる。それが、私にとっての救いだと知らずに。
「雪奈は、俺の妹みてぇなもんだし」
"妹"という単語が、心にストンと落ちる。あぁ、この関係はそう言うのかと、酷く納得した思考が浮かび、気づいたら頷いていた。恋愛感情とはすこしちがう、慈愛と尊重の心を持って。友人や恋人とは一線を画す、決して消えない絆を、兄妹と呼ぶのなら。
「……」
こくり、と腫れた目を開けて大きく頷き、今度は両手で聡くんの手を包んだ。
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