第5話 彼女からの手紙

----------------------------------------------------------------

 宮下柊君


 私から頼ってばかりでごめんなさい。最後にひとつだけお願いがあります。

 今まであったことは全部忘れてください。


 大橋向日葵

----------------------------------------------------------------


「……何だこれ」


 思わず声に出してしまった。家のポストから出てきたのは簡素な封筒だった。中にはまさかの全部忘れろとの指示。


 昨日空き地で何か決意を固めた彼女は、僕が何を言っても聞き入れてくれず、そのまま別れてしまった。翌朝ポストを見に行ったらこれである。


 あまりにも雑なんじゃないか、などと怒りを覚えることはもちろんない。むしろ向こうからしたら僕がただのダル絡みだった可能性もある。


 僕は封筒を自室に運び、思案した。忘れろとのことだから本来はそれもダメなのかもしれないが……。考えずにはいられなかった。


 机に向かい、もう一度封筒をひっくり返す。すると、手紙だけでなく小さな花とカードが出てきた。さっきは気づかなかった。


 これは――ヒイラギの花。


 カードには〈私の家の庭に咲いてる花です。柊君にお似合いだと思ったので添えておきました〉と書かれていた。


 昨日訪れた家を必死に思い出す。


 何度考え直しても、一本のヒマワリしか咲いていなかったという結論に至る。それに——。


 僕は思わず窓の外を見た。広がっているのは8月16日――真夏の青空。ヒイラギが咲くのは冬である。


 そのとき、僕の中で全てが繋がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る