第7話

地下室の薄暗い照明の中、香織、涼介、美里、そして京子が対峙していた。緊張感が漂う中、美里の強い意志によって、京子はついに1994年の事件の詳細を語り始める決意を固めた。


「もう隠し続けることはできないわね…」

京子は深いため息をつきながら、地下室の古い椅子に座った。彼女の目には後悔と悲しみが漂っていた。


美里は母の隣に座り、手を握りしめて励ました。「母さん、大丈夫。私があなたを支えるから」


京子は美里の手を握り返し、視線を香織と涼介に向けた。

「すべてを話します。1994年に何が起こったのか、そして私がなぜこんなことをしてしまったのか…」


京子は静かに語り始めた。


「1994年、門司港産業は地域で有名な企業でした。しかし、その内部では大規模な不正会計と汚職が行われていたのです。会社の幹部たちは公金を横領し、政治家や地元の有力者に賄賂を渡していました。私の夫、今田正志もその一員でした」


涼介は真剣な表情で耳を傾けながら、

「それがどうして美代子さんに影響したのですか?」と尋ねた。


「美代子さんは経理担当として働いていました。彼女は偶然、不正会計の証拠を発見してしまったのです。彼女は驚愕し、この情報を公にすることを決意しました。彼女は内部告発のために証拠を集め始めました」


京子は目を閉じ、深い息を吐いた。

「美代子さんは非常に勇敢な女性でした。彼女は正義を貫こうとしましたが、それが彼女を危険にさらしました。正志は彼女の行動を知り、彼女を脅して告発を阻止しようとしました」


香織は京子の言葉をじっと聞きながら、

「それで、美代子さんはどうなったのですか?」と問いかけた。


「美代子さんはそれでも諦めませんでした。彼女は証拠を外部に提供する準備を進めました。しかし、ある日、正志が彼女を監禁することを決めたのです。美代子さんは家族から引き離され、秘密の場所に閉じ込められました」


美里は母の手を強く握り、

「そんな…母さんは何も知らなかったの?」

と尋ねた。


「私は知っていました。でも、正志の脅しに屈してしまったのです。家族を守るためには、彼の言いなりになるしかなかった…」

京子は涙を流しながら答えた。


涼介は静かに問いかけた。

「その後、美代子さんはどうなったのですか?」


京子は目を閉じ、

「正志は、美代子さんを監禁し続けることで、彼女を脅し、証拠を隠蔽しようとしました。しかし、美代子さんは逃げ出すことに成功しました。彼女は隠れながらも、真実を公にするための証拠を集め続けました」


香織はその言葉に驚き、

「美代子さんは告発出来たんですか」


京子は頷いた。

「いいえ、正志が圧力をかけて、美代子さんの経済的に厳しい状況に陥れました。その状況が何年も続き、美代子さんが痴呆症を患ったと聞きました。丁度その頃、正志も癌に体を侵され、直ぐに亡くなってしまいましたが、この不正には政治家も多く関係していることから、公になれば、私は元より美里も危険に晒されてしまう可能があります」


京子はさらに話を続けた。

「実は、美代子さんが私たちに養子の提案を受け入れた理由には、深い事情がありました。田中家は当時、経済的に非常に困窮していました。美代子さんの夫が早くに亡くなり、彼女はパートタイムで働きながら直也さんと美里を育てていましたが、生活は苦しかった」


香織は頷きながら、

「それで、門司港産業の不正が関係していたのですね」

と確認した。


「そうです。美代子さんは不正を知り、告発しようとしましたが、そのために私たちの提案を受け入れるしかなかったのです。正志は田中家の経済的困難を知り、彼女に経済的支援と引き換えに美里を養子にすることを提案しました。美代子さんは悩んだ末、子供たちの将来を考えて、私たちに美里を託す決意をしました」


美里は涙を浮かべながら、「母さん…」と呟いた。


京子は美里の手を握りしめ、

「私たちは美里を愛し、できる限りのことをしましたが、あなたたち姉妹を引き裂いてしまったことは、本当に申し訳ないと思っています」

と言った。


香織と涼介は互いに頷き、

「京子さん、ありがとうございます。これで真実を明らかにし、することができます」と言った。


涼介は手帳と新たな証拠を持ち、警察に提出する準備を始めた。

「これからは法の裁きに委ねましょう。正義が必ず成し遂げられます」


警察の捜査が進む中、直也が母の遺体を桜の木の下に遺棄していたことが明らかにされた。直也は、母の好きだった場所で静かに眠らせることを選んだのだった。


門司港の静かな夕暮れに、香織、涼介、美里は直也と美代子の墓前で手を合わせた。彼らの心には、新たな希望と未来に向けた強い意志が広がっていた。


「直也さん、美代子さん、あなたたちの真実を守るためにこれからも頑張ります」

と香織は静かに誓った。


涼介も頷きながら、「これで終わりではなく、新たな始まりです。これからも真実を追求し続けます」と決意を新たにした。


美里は涙を拭い、「母さん、直也さん、私たちはあなたたちのためにここにいます。これからも見守っていてください」と祈りを捧げた。


こうして、彼らは新たな未来に向けて歩み始めた。事件の真実が明らかになり、家族の絆が再び結びついた瞬間だった。


不正に関与していた政治家たちも逮捕される事になった。直也を殺害した京子も罪の償いを行うため逮捕される事になったが、直也が美代子を支えていたように、美里もしっかりと京子を支える覚悟を決めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】港町事件簿 探偵事務所編 『母』 湊 マチ @minatomachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画