④ライバル出現計画〈sideキュン子〉
私、キュン子! どこにでもいる、普通の女子高生!
ニックネームの由来は、本名の
……いやマジで。むしろ、なんでもかんでも恋愛につなげる人苦手だし。
◯
「来るぞ。準備はいいな?」
「はい、先輩!」
これは、ある日の昼休み。
私は「早坂くんの新作を読んだ感想を聞かせてあげてほしい」とムネちゃんに頼まれ、早坂が待つ文芸部の部室を訪れた。
ノックしようとしたところで、早坂と後輩らしき男子生徒がひそひそと話す声がドア越しに聞こえた。
「? 何の話?」
「し、新作の相談じゃないかなー? ほら、入ろ入ろ!」
ムネちゃんに急かされ、部室に入る。ドアを開いた途端、目の前は修羅場と化した。
「早坂先輩、お願いしますううう! ムネちゃん先輩と別れてくださいいいい!」
「ソンナコト、デキルワケナイダロ。理由ヲ話シテクレナイカ」
涙目でせがむ背の低い男子生徒(たぶん一年生)と、なぜか片言で話す早坂。
なに? 何が起きてんの?
「そうだよ! 彼方くんと別れるなんて私、絶対嫌だからね!」
ムネちゃんも加わるんかい。
「ですよね……ハァ」
後輩くんは諦めて、理由を話した。
「昨日、友達と賭けをしたんです。負けたら、罰として一ヶ月間、誰でもいいから女の子と付き合えって。僕、女子の知り合いなんて、一人もいないいから絶対にやりたくないって言ったんですけど、強引に参加させられて……」
「負けたんだ?」
「負けちゃいました」と後輩くんは力なく頷いた。
「というか、最初から僕に罰ゲームを受けさせるつもりだったみたいです。終わった後で、イカサマしてたって気づきましたから」
「悪い友達!」
「それで困って、ムネちゃんを代わりに? バカじゃないの?」
「す、すみません」
後輩くんはどんどん小さくなる。まるで雨に濡れた子犬のよう。
「で、どうするの?」
ムネちゃんと早坂に訊ねる。すると、二人は声をそろえて言った。
「「キュン子と付き合ったらいいじゃん」」
「は? 私と?」
「「だってキュン子、今好きな人いないでしょ?」」
「まぁ、いないけど……」
「「だったら、協力してクレメンスー。後輩くんを助けると思ってさ! ねっ、お願い! このとおりでヤンス」」
「よく合ったな、そのセリフ」
いやいや、無理でしょ。
バンジージャンプもスカイダイビングも平然と飛べる私だけど、恋だけは二度としないって心に決めている。いくら本当に付き合うわけじゃなくたって、そんなことできるわけが……。
「協力してくれたら、スイーツバイキングのタダ券あげる。キュン子が好きな、カレーライスが美味しいお店の」
「仕方ないなぁ。今回だけだぞ?」
訂正。バンジージャンプもスカイダイビングも平然と飛べる私だけど、スイーツバイキングのカレーには目がないのだ。
「本当ですか?! ありがとうございます!」
後輩くんの表情が、エサを目の前にした子犬のように、パッと明るくなる。こちらへ駆け寄り、私の手を握った。
「僕、相馬進一っていいます。文芸部の一年です。今日から一ヶ月間、よろしくお願いします!」
◯
私と相馬くんが付き合って最初にやったことは、校舎裏で告白シーンを撮ることだった。
「何で告白?」
「罰ゲームをちゃんとやっている証拠として、録画して友達に送らなくちゃいけないんです」
「面倒ねぇ」
相馬くんはスマホを三脚にセットし終えると、しきりに私の背後を気にしつつ、撮影を始めた。
「キュン子先輩、好きです! 付き合ってください!」
顔を真っ赤にして、告白する相馬くん。あんな必死な姿を友達に送らなくちゃいけないなんて、可哀想に。
「いいわよ」
「本当ですか?! やった!」
相馬くんはわざとらしく飛び跳ねる。その姿があまりにも痛々しくて、思わず顔を背けた。
◯
その日から、登下校は相馬くんといっしょに帰った。
友達に付き合っている証拠写真を送るために、デートもした。どういうわけか、私達が付き合い始めてから、天気は大荒れだったけど。
相馬くんとの交際は、ぶっちゃけ楽しかった。私が所属している放送部は女子ばかりで、年下の男の子と遊びに行く機会なんてそうそうない。毎日が新鮮だった。
ただ、少し窮屈だった。先輩として、常に気を張っていなくちゃいけない。家に帰る頃には、ドッと疲れた。
そんなとき思い出すのは、日向くんのことだった。
日向くんは某渋滝に付きまとわれていた私を助けてくれた。一人で帰るのを不安がっていると、家まで送り届けてくれた。
あれ以来、私は日向くんが気になるようになった。授業でペアになったり、同じグループになったりすると、妙に安心する。同時に、ドキドキもする。
この感情は何なんだろう?
「うーん。分からない」
◯
相馬くんとの別れは突然だった。付き合い始めて二週間が経った頃、突然相馬くんから「別れてほしい」と頭を下げられた。
「代わりの子が見つかったんです。別の学校の子なんですけど、塾が同じで……」
「もしかして、本当に付き合ってくれるカノジョ?」
「ま、まぁ。そんなところですか、ね?」
「そう、良かったじゃない。カノジョとお幸せにね」
「は、はい。ありがとうございます……」
相馬くんは心底申し訳なさそうに、一年の教室へ去っていった。
私はというと、軽くスキップしながら、自分の教室へ向かった。
相馬くんと付き合っていた間は遠慮していたけど、今なら気兼ねなく日向くんと話せる! 彼のことを知れば、私の彼への気持ちの正体も分かるはず!
ところがその日、日向くんは珍しく学校を休んだ。欠席の連絡を受けた先生いわく、風邪を引いたらしい。
すると一時間目が終わってすぐ、ムネちゃんと早坂が神妙な顔で、私の席へ来た。
「キュン子。ちょっと変なお願いがあるんだけど、いい?」
「どしたん? 改まって」
「今日学校が終わったら、日向くんのお見舞いに行ってほしいの。日向くん、一人暮らしだから、きっとすごく困ってると思う。
ついでに、相馬くんと付き合ってた理由も教えてあげてくれないかな?」
「いいけど、何で私? 早坂が行けばいいじゃない。友達なんだから」
「いや、これはキュン子にしか頼めない。住所は後で教える。行ってやってくれ」
いやいやいや……おかしいでしょ?
確かに席は隣だし、ちょうど日向くんと話したいとは思ってたけど? 何で相馬くんとのことも話さないといけないわけ???
この二人……何か隠してる! 私は二人を睨みつけた。
「全然答えになってない! ちゃんと説明して! じゃないと私、お見舞いになんか行かないからね!」
すると、ムネちゃんが今にも泣き出しそうな顔で、プルプルと震え出した。直後、
「こ……この鈍チンが!」
「にぶ?!」
廊下を歩いていた生徒すら振り返るくらい、大きく声を張り上げた。一瞬、教室が静かになった。
「日向くんは……日向くんは……キュン子のことが好きなのよ!」
…………え?
再び、教室がざわつく。ムネちゃんが何を言っていたのか、理解するまで時間がかかった。
日向くんが、私のことが好き? そんな偶然、あっていいの? いや、偶然ってなに?
「〜〜〜!」
自分の気持ちに気づいた瞬間、燃えそうなほど顔が熱くなった。今ごろ私の顔はりんごのように真っ赤になっているに違いない。
ムネちゃんは私の変化に気づかず、続けた。
「今日風邪を引いたのだって、キュン子のためだったんだから! 雨にも負けず、風にも負けず、雷にも雪にも負けずに、キュン子をスト……」
「夢音、ストップ!」
早坂が慌てて、ムネちゃんの口を手でふさぐ。ムネちゃんは金魚のように、口をパクパクと開閉していた。
「スト、スト……」
「スト?」
「……ストーカーから守れるよう、体力作りのためにマラソンに打ち込んでいたからなんだからね!」
「へ、へぇ」
早坂がホッと、手を外す。
日向くんが私のために努力していたなんて、全然知らなかった。気にも留めてなかった。隣の席なのに。
私は荷物をカバンにしまい、席を立った。
「分かった。日向くんのお見舞い、行ってくる」
「え、今から? 二時間目始まっちゃうよ?」
「一人暮らしなんでしょ? ご飯、まだ食べてないかもしれないじゃない」
チャイムが鳴る前に、教室を出る。背後でムネちゃんと早坂がハイタッチする音が聞こえた気がした。
◯
「これじゃあ、いつまで経っても告白しないな」
「そうだね。私達がなんとかするしかないかも」
「「私達、動きます」」
二週間前。ムネちゃんと早坂は、キュン子と日向をくっつけるため、計画を立てた。
題して、「ライバル出現計画」! キュン子に彼氏ができれば、日向が自分の気持ちに正直になるのでは? と考えた結果の計画だった。
相手役には、早坂の後輩である相馬を選んだ。相馬は中学時代は演劇部で、疑り深いキュン子や日向をもだませる実力があった。
計画は順調に進んだ。キュン子は相馬との偽の交際を楽しんでいたし、二人の仲がいい様子を見た日向は焦っているように見えた。
ところが、連日の悪天候により、日向が風邪を引いてしまった。
「雪、まだ続くって。あさっては吹雪になるかも」
「積もったら、やっかいだな」
二人は日向の体調を考え、計画の中止を決めた。相馬に新しいカノジョ役が見つかったことにし、キュン子には日向のお見舞いに行ってもらった。
まさか、そのお見舞いが最後の後押しになるなど思いもしなかった。
◯
数日後。回復した日向はキュン子と腕を組み、登校した。
通学路で二人と出くわしたムネちゃんは喜びのあまり、悲鳴を上げた。彼女と並んで歩いていた早坂も驚き、言葉を失った。
「えーっ! 二人とも、どうしちゃったの?! もしかして、付き合い始めたとか?!」
「そういうわけじゃないけど、こうしてないと逃げるのよ。私はいろいろ話を聞きたいだけなのに」
「逃げ……?」
日向は遠い目で、「隠れたい隠れたい」とひたすらつぶやいている。キュン子と並んで歩く自分が許せないのか、単に恥ずかしいだけかは分からない。
「じゃ、先に行くから」
キュン子は日向を連れ、二人を追い越す。
どうやら、日向のことを根掘り葉掘り聞き出しているらしい。付き合う前に、まず日向について知ろうとしているのだろう。
キュン子は「そういうわけじゃない」と否定していたが、とても幸せそうに見えた。
「私達、あの二人をくっつけて良かったのかな?」
「どうだろうな……」
「良くないですよー!」
いつからいたのか、半べそをかいた相馬が横に立っていた。
「相馬くん、おはよう」
「あ、おはようございます……じゃないですよ! 僕、本気でキュン子先輩ねらってたのにー!」
「え、そうだったの?」
「全然気づかなかったな。次は相馬の彼女作りのために……」
「「私達、動きます」」
「もういいです!」
〈エピローグ:ダブルデートにつづく〉
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