④ライバル出現計画〈side日向聖斗〉


「これじゃあ、いつまで経っても告白しないな」


「そうだね。私達がなんとかするしかないかも」


「「私達、動きます」」



  ◯



 ある日の昼休み。いつものようにキュン子をストーカー……もとい、見守っていた日向は、とんでもない瞬間を目撃してしまった。


「キュン子先輩、好きです! 付き合ってください!」


 校舎裏でキュン子に告白する、小柄な男子生徒。名前は確か、相馬そうま進一しんいち。文芸部の一年生だ。


 日向は「天月さんのタメになれば」と、全男子生徒の詳細なデータを暗記している。決して、「天月さんに相応しいか見極めてやる」とか、「弱みを握ってやる」などと企んではいない。


 ただ、全てを知っているこそ疑問だった。なぜ、キュン子と接点のない相馬が、キュン子に好意を持ったのだろうか?


(後で、早坂くんに訊いておこう。同じ文芸部だし、何か知っているかも)


 不安はなかった。相馬はキュン子のタイプではない。そもそも、一切接点のない彼を、疑り深いキュン子が受け入れるはずもない。


 同情すらする日向の耳に、思いがけない返答が聞こえた。


「いいわよ」


「本当ですか?! やった!」


「……は?」


 頭の中が真っ白になる。


 呆然とする日向の目の前で、相馬は嬉しそうに飛び跳ねる。告白された本人は、照れくさそうに顔を背けた。


 いいわよ

 いいわよ

 いいわよ


 キュン子の声が、耳の奥で何度も響く。


 聞き間違いではない。キュン子は確かに、相馬の告白を受け入れた。


 「キュン子が恋をできなくなったのは、自分のせいだ」と気負っていた日向にとっても、喜ばしい……はずなのに、なぜか無性にイライラした。


(何を不安になる必要がある? 天月さんがまた恋ができるようになって良かったじゃないか)



  ◯



 その日の放課後、仲良く下校するキュン子と相馬を、日向が恨めしそうに校門の陰から見送っていた。


「日向くん、何してるの?」


「なんか……やつれてないか?」


 二人で下校しようとしていたムネちゃんと彼方が気づき、声をかける。日向は振り返り、「何でもないよ」と引きつった笑みを浮かべた。


「ところで、早坂くん。君は相馬くんとは親しいのかな?」


「特別親しいってわけじゃないが、同じ部活だからな。話くらいはする」


「だったら、心当たりはないかい? 相馬くんは何がキッカケで天月さんを好きになったのか、逆に天月さんは相馬くんのどこを気に入ったのか……」


 日向はフラフラと詰め寄る。彼方は「そうだなぁ」とアゴに手を当てた。


「天月って、よく夢音といっしょに文芸部に来るんだが、そのときに見かけて興味を持ったんじゃないか? お互いにさ」


「……それだけ?」


 「充分でしょ」と、ムネちゃんが頷く。


「きっと、一目惚れしたんだよ。恋に落ちるのに、言葉はいらないからね」


「……」


 納得できなかった。あんなに恋愛に対してトラウマを抱えていたキュン子が、一目惚れなんかであっさり克服してしまえるなんて。


「……納得できない」



  ◯



 翌日は雨だった。キュン子と相馬は相合傘で登校していた。


 楽しそうに話しながら歩く二人の姿を、日向は傘もささず、電柱の陰から見守っていた。


「日向くん、大丈夫? 風邪引くよ?」


 彼方と共に通りかかったムネちゃんが、自分の折りたたみ傘を差し出す。日向は「平気だよ」と青ざめた顔で微笑み、受け取らなかった。


「傘を差していたら、バレちゃうからね」


「でも、今日から一週間雨が続くって、天気予報で見たよ? 来週は雪が降るかもって」


「そっか。さすがに一週間も傘を差さずに立っていたら、怪しまれるかもね。分かった、明日からはカッパを着るよ」


「キュン子を追いかけないって選択肢はないの?」


「なぜ? 僕は天月さんが心配なんだ。もう二度と、彼女に傷ついて欲しくないんだ。相馬くんが天月さんに相応しいって納得したら、やめるからさ」


(言ってることはかっこいいけど……)


(やってることはストーカーなんだよなぁ……)


 予報どおり、その日から一週間、雨が続いた。風が吹き荒れ、雷が落ちる日もあった。翌週からは雪が降り、まぁまぁ積もった。


 日向は二人と会った日からカッパを着ていたが、さすがに体温の低下までは防げなかった。


「くしゅっ」


 雪が積もった翌日、風邪を引いた。



  ◯



 ピンポーン


「誰……? 宅配?」


 日向はインターホンの音で目が覚めた。熱でだるい体を起こし、よたよたと玄関へ向かう。


 日向はキュン子を追って、地元から離れた高校に進学した。そのため近くのアパートを借り、ひとり暮らししている。


 ドアを開けると、買い物袋を提げたキュン子が立っていた。


「え」


「おじゃましまーす」


「え、え?」


「ご飯って食べた?」


「ま、まだ」


「私もお昼まだなのよ。うどんでいい? 調理器具使わせてもらうわね」


「あ、はい。どうぞ」


 キュン子は買い物袋から必要な食材を取り出すと、自分の家のキッチンかのように調理を始めた。


「あの……」


「何?」


「どうして、僕の家に?」


「お見舞いよ。風邪引いたんでしょ?」


「そう、だけど……でも、誰から訊いたんだい?」


「ムネちゃんと早坂くん。家の場所も早坂くんから聞いたわ。雨の日も、雷の日も、雪の日もマラソンしたせいで、体が冷えたんですって? バカなことするわね」


「あ、あはは。体力でも付けようと思ってさ」


「私、日向くんのことよく知らないけど、そういうことするタイプだとは思わなかったわ。今度からは気をつけなさいね」


 どうやらムネちゃんと彼方は、日向が風邪を引いた本当の理由は隠してくれたらしい。キュン子に情けない姿を見せてしまったのは痛手だが、安心した。


 切った具材をうどんといっしょに小鍋へ入れ、煮る。うどんが煮えるまで手すきになったキュン子は、居間で待つ日向の向かいに座った。


「ちょっと今から変な話してもいい?」


「変な話って?」


「私もどうしてこの話を日向くんにしなくちゃいけないのか分からないんだけど、うどんが煮えるまでの暇つぶしに聞いてくれる?」


 そう前置きし、キュン子は話し始めた。


「私ね、文芸部の後輩と付き合ってたの。二週間前から」


「へぇ。そういえば、二人で帰っていたね。何度か見かけたよ」


「そうなの? まぁ、罰ゲームだったんだけどね」


「……罰ゲーム?」


 危うく、声が上擦りそうになる。キュン子は「そうなのよ」と、ため息をついた。


「相馬くんっていうんだけど、その子が悪い友達にだまされたみたいでね。付き合ってくれそうな女子がいないって、早坂くんに泣きついたの。

 で、たまたまその場に居合わせた私が協力してあげたってわけ。今朝、代わりの女子が見つかったからもういいですって、解雇されたけど」


「そっ、かぁ……! そうだったんだ!」


 うどんが煮え、キュン子はキッチンへ戻る。日向はひとり、喜びを噛み締めた。


 そしてはた、と気づく。


(どうして僕はこんなに喜んでいるんだ? また天月さんが弄ばれたっていうのに)


 キュン子は最悪の初恋を経験し、恋ができなくなった。


 日向もその事件に関わっており、「天月さんが恋ができなくなったのは、僕のせいだ」と自分を責めている。高校生となった今も、キュン子への想いを封じ、見守りに徹してきた。


「つらかったね。そんな茶番に付き合わされて」


 どんぶりを二つお盆にのせ、戻ってきたキュン子に同情する。キュン子はキョトンとした。


「全然? けっこう楽しかったわよ。相馬くん、人懐っこくて可愛かったし。年下彼氏なんてナイワーって思ってたけど、意外と有りかもね」


「そ、そっか」


 それを聞いて、複雑な気分になる。


(後輩にはなれないな……いや、留年すればいけるか?

 待て待て。何を考えているんだ、僕は。僕には天月さんの彼氏になる資格なんてないんだから)


 ああでもないこうでもないと悩む日向を、キュン子はジッと観察していた。


「ふーん……本当なんだ」


「? 何が?」


「日向くんが私のこと好きなの」


「ゴフッ」


 むせた。頭の中がパニックになる。


「な、な、な……なんで知って?!」


「ムネちゃんと彼氏くんから聞いたのよ。私と相馬くんが本当に付き合ってると思い込んで、ショックで体調崩したんでしょ? だから、お見舞いに行ったら喜ぶかなと思って」


 空想上のムネちゃんと彼方が「キャッキャウフフ」と、のんきに笑う。温厚な日向も、さすがにキレた。


(いったい何を考えているんだ、あの二人は! 後で問い詰めておかないと……!)


「どう? 嬉しかった?」


「……うん」


「そう、良かった。私もね、日向くんに好かれてるって知って、嬉しかったのよ」


 その後、二人でうどんを食べた。少しだけ、バカップルに感謝した。


〈ライバル出現計画〈sideキュン子〉につづく〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る