②私と彼と、ときどき土器(出会い編)

「ど、ど、ど、どうしようキュン子! 私、男子に告白されちゃった!」


「な、なんですってぇぇぇ〜?!」


 彼氏とケンカをする一年前。

 ムネちゃん(本名:土器河どきがわ夢音ゆめね。名字の由来は、土器マニアだった先祖がうっかり大量の土器を川に流し、大騒ぎになったせい)はラブレターを手に、教室へ戻ってきた。


 友人のキュン子はわなわなと震える。


「お前も、なるのか……? リア充に……」


 ムネちゃんは神妙にうなずく。


「……なりたい」


「まじかー。で、相手は?」


「文芸部の早坂はやさか彼方かなたくん。うちの同好会に何回か取材に来てね、仲良くなったんだよ」


「この時代にラブレターとは古風な。見して見して」


 ラブレターによると、早坂は先月行なわれた部活動紹介でのムネちゃんの演奏を見て、惚れたらしい。同好会へ取材を申し込んだのも、ムネちゃんと接点を作る口実だったそうだ。


『恥じらいながらも、たった一人で一生懸命演奏する姿に心打たれました。好きです。付き合ってください。返事、待ってます』


「演奏……? ムネちゃん、なに同好会だったっけ?」


「縄文・弥生土器合奏同好会」


「絶対、ウソ告白。もしくは罰ゲーム」


「そんなぁ」


 縄文・弥生土器合奏同好会とは、縄文土器や弥生土器のレプリカを楽器として使い、合奏する部である。


 部員は一年生のムネちゃんと上級生二人の、合計三人しかいない。その上級生二人が、部活動紹介の当日に突然の高熱と不可解な骨折(土器の祟りでは? と一部でウワサされている)で休んでしまったのだ。


 ムネちゃんは入部して間もないにもかかわらず、たった一人で舞台に立ち、パフォーマンスをやり遂げた。会場は謎の感動で、拍手喝采が巻き起こった。


「早坂くん、いい人だよ?」


「そりゃあ、あの合奏はいろんな意味ですごかったけどね? 歌って踊りながら、三つの土器を交互に演奏するなんて思わなかったもん。みんな驚いて、ハニワみたいな顔してたよ」


 でもさ、とキュン子はうさんくさそうに、ラブレターを見た。


「書くだけなら、誰だって書けるじゃん? しかも、相手は文芸部なわけだし」


「早坂くん、恋愛小説は苦手って言ってたけどなぁ」


「ムネちゃんはそいつのこと、正直どう思ってるわけ? 本当に付き合いたいの?」


 ムネちゃんの顔が、ぼっと真っ赤になった。


「実は……私もずっと、早坂くんが気になっていたの。向こうは取材で来てるわけだし、告白なんて迷惑だろうなーって迷ってたんだけど、早坂くんも同じ気持ちなら……いいよね?」


「うん。本当に同じ気持ちなら、ね」


「……キュン子、昔なんかあったの?」


「べっつにー?」



  ◯



 放課後、ムネちゃんはキュン子に連れられ、文芸部の部室へ突撃した。


「早坂彼方、出てこいやー!」


「誰だね、君たちは?!」


「通りすがりの恋のキューピッドです。ご協力を」


 部室には数人の男女がいたが、一人だけあからさまに顔をそらした。ムネちゃんが「あの人だよ」と指差す。


 スラッとしたイケメンだ。ムネちゃんを見るなり、パソコンを操作していた手をズボンのポケットへ入れた。


 キュン子はのっしのっしと近づき、椅子に座っている早坂を見下ろした。


「あんたが早坂彼方?」


「そう、だけど」


「私は夢音の友達のキュン子よ。聞きたいんだけど、夢音が好きって本当?」


「そ、それは、その……」


 早坂は目をそらし、口ごもる。目は泳ぎ、妙な汗をかいていた。


「そら見なさい。やっぱり本気じゃなかったんでしょう?」


「早坂くん……」


 悲しげに目を伏せるムネちゃん。


 今にも泣き出しそうな彼女を見て、早坂はハッとした。

 わたわたと、ポケットからスマホを取り出し、ムネちゃんとキュン子に突きつける。画面には、びっっっしりと文字が並んでいた。


「何これ呪文?」

「違うよ! たぶん……」


 ムネちゃんは文字を目で追い、キュン子は音読した。


『君こそ誰だ!

 ……あぁ、友達か。なるほど。すごい名前だな、本名か?

 俺は早坂彼方です。文芸部とタイピニスト同好会に所属しています。口で話すのは苦手です。言いたいことが多すぎて、話がまとまらないのです。

 あ、あ、あ、疑われてる。本気で土器河さんが好きなのに。

 そう、あれは先月の部活動紹介での出来事だった。土器河さんはたった一人で演奏をしていた。知り合いのスタッフに理由をたずねたところ、他の部員が楽器に祟られて急に休んだそうな。土器河さんは恥じらいながらも、一生懸命に演奏していた。その姿に、僕は心打たれた。僕の心臓は、まるで土器河さんが叩く土器のように、ドンドコドンドコと早鐘を打ち……』


「全部読む気か、君は?!」


 早坂は恥ずかしそうに、スマホをポケットへ隠す。インスタントコーヒーを粉のまま舐めたような顔で、文面を読んでいたキュン子は安堵した。


「助かったわ。これ以上読んでいたら、この場にいる全員が恥ずか死するところだったから」


「ぐあああ……!」


「ぬおおおう……!」


 キュン子の音読を聴いた文芸部の部員たちが、共感性羞恥に苦しんでいる。ただ一人、ムネちゃんだけはうっとりしていた。


「素敵。私も早坂くんが好き」


「えぇぇー?!」



  ◯



 この出来事をキッカケに、二人は付き合うようになった。


 最初は並んで歩くのもままならず、自然に歩けるようになるまで一ヶ月、手をつなぐまで一ヶ月、キスをするのに半年かかった。その間、キュン子は我が子の成長を見守る親のような気持ちで、二人を見守っていた。


「昨日はケンカもしたしね。結局、原因はなんだったの?」


「ゆで卵は半熟か固めか、どっちが美味しいか」


「くだらねー」

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