③〈キュン子の初恋〉三番はあなた 後編
「あれ? 渋滝くん、久しぶり」
クラスの男子が通りかかった。
翼くんが「誰?」と足を止める。私が目で助けを求めると、彼は小さくうなずいた。
「ひどいなぁ。三年生まで同じ小学校にかよっていたじゃないか」
「いや、分からん分からん。マジで誰?」
私は隙を見て、逃げる。翼くんは追いかけたそうにしていたけど、クラスメイトの男子が上手く足止めしてくれた。
◯
翌日、あのクラスメイトがとなりの席にいた。
「席、となりだったんだ」
「そうだよ。気づかなかった?」
「全然」
探す手間が省けた。私は彼にお礼を言った。
「昨日はありがとう。えっと……」
「日向だよ。日向
「日向くんね。ほんと、ごめんね。他人の名前覚えるの苦手でさ」
「気にしないで。僕、影が薄いってよく言われるから。好きな子にも名前覚えてもらえないんだ」
「えー! 誰よ、その女!」
日向くんは寂しげに笑った。
◯
日向の初恋は小学四年生のとき。
同じクラスの天月
しかし、彼女には好きな人がいた。内気で影が薄い日向とは正反対の、明るくてカッコよくて人気者で女子にモテモテの男子。
日向は「天月さんのためなら」と身を引いた。だが、相手の男子は思いやりのカケラもない、クソ野郎だった。日向は良かれと思い、天月に彼の秘密を話した。
ところが、天月はそれがキッカケで恋ができなくなってしまった。日向は責任を感じ、彼女を見守りつつも、極力関わらないようになった。
「いつか天月さんが恋をしたら、どんな人でも応援したい」
と、中学と高校は同じ学校に進んだ。何人かいい人はいたが、恋愛にまでは発展しなかった。
ある日の帰り道、天月がチャラいデブの不良に絡まれているのを目撃した。「なんか、渋滝くんに似てるな」と思ったら、本人だった。
渋滝は過去に自分がしでかしたことを反省しないまま、天月と付き合おうとしていた。天月にその気はないようで、今にも泣き出しそうな顔で怒っていた。
日向は偶然を装い、助けに入った。
「あれ? 渋滝くん、久しぶり」
「誰?」
渋滝は日向のことを覚えていなかった。時間を稼ぐため、あえて名乗らず、天月を逃した。
「立ち話もなんだし、そこの喫茶店で話さない?」
「は? あそこ、喫茶店じゃなくて交番……」
「ね、行こうよ。お茶くらいは出してくれると思うよ? それとも、また天月さんを泣かせるつもり?」
「! お前、本当に誰だ?」
動揺する渋滝を、強引に交番へ連れて行く。日向は自分が思っている以上に、渋滝に怒っていた。
◯
翌日、学校で天月にお礼を言われた。
彼女は日向の名前も、席がとなりであることも、小学四年生からずっと同じクラスなことも知らなかった。
だが、日向は「それでいい」と思った。
(僕が余計なことを言ったばかりに、天月さんは恋愛ができなくなった。これは当然の報いだ)
天月は外を眺め、日向は天月の横顔を見つめる。天月が振り返ることも、日向が声をかけることもない。
◯
「
「あのね、駅前に新しいプリ機入ったの! いっしょに撮りに行こう、
「……ったく。これだからリア充は」
掃除中、人目も気にせずイチャつく友人とその彼氏に、天月はため息をついた。イチャついている自覚がない二人は、キョトンとする。
「キュン子、当番じゃないよね? 帰らないの?」
「帰るけど……」
追いかけてくる翼の姿が、頭に浮かぶ。
(どうしよう。一人で帰るの怖いな)
今日も帰り道に翼が待ち構えているのでは、と不安だった。できれば、夢音達と一緒に帰りたいが、二人のデートの邪魔はしたくない。
すると、掃除当番の一人だった日向がぽつりとつぶやいた。
「渋滝くん、逮捕されたって」
「逮捕?!」
物騒な話題に、周りがざわつく。
天月は日向を教室の外へ連れ出し、問い詰めた。
「昨日交番に連れて行ったら、ちょうど指名手配されていたみたいでね。なんか、捕まっちゃった」
「何やらかしたのよ、あいつ……」
「平井さんと舟橋さんがSNSで暴露していたけど、いろんな人からお金を騙し取っていたらしいよ。二人にも怪しいバイトさせていたって」
「そう……って、平井さんと舟橋さんのことも知ってるの?」
日向は苦笑いした。
「覚えてないと思うけど、僕も小四のときに天月さん達と同じクラスだったんだよ?」
「ごめん、全っ然覚えてない。昨日言ってたこと、本当だったんだ?」
「だと思った。僕、影薄いから」
ひょっこりと、夢音と彼方が廊下へ顔を出した。
「日向。キュン子を家まで送っていってくれないか?」
「え?」
「何で、私が日向くんと?」
「だってキュン子、すごーく帰りたくなさそうな顔してたから。事情はよく分からないけど、一人で帰るのが心細かったんだよね? それか、一緒にプリ撮りに行く?」
「それは遠慮しとく」
日向は快くオーケーした。天月も、渋滝が逮捕されたとはいえ、不安は残る。
「ごめん、日向くん。お願いできる?」
「もちろん」
天月は日向に付き添われ、教室を後にする。背後で夢音と彼方がニヨニヨ笑っていた。
◯
「今日は送ってくれてありがとう。助かったわ」
「どういたしまして」
家の前でキュン子と別れ、日向はケータイを開いた。夢音と彼方から、それぞれメッセージが届いていた。
『どうだった?』
『告白した?』
日向は苦笑し、返信する。
『しないよ。僕は天月さんを見ているだけで幸せなんだから』
『小四からずっと?』
『うん』
『それってストーカーなんじゃ……?』
『違うよ?(^∇^)』
二人は、日向がキュン子を好きだと知っていた。日向と彼方は友達で、彼方と付き合っている夢音も日向と顔見知りだった。
日向はケータイをカバンにしまい、帰路につく。
一方、夢音と彼方は公園のベンチに並んで座り、互いのスマホの画面を見せ合っていた。
「これじゃあ、いつまで経っても告白しないな」
「そうだね。私達がなんとかするしかないかも」
「「私達、動きます」」
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