③〈キュン子の初恋〉三番はあなた 前編

 初恋は小学四年生のとき。

 同じクラスの渋滝しぶたきつばさくんを好きになった。明るくて、カッコよくて、人気者で、女子にモテモテだった。


 告白するつもりはなかった。翼くんとの接点なんて掃除の班が同じってだけだったし、向こうは私のことをなんとも思ってないって分かってたから。


 だから、掃除中に突然「好きな人いる?」って訊かれたときは驚いた。


「いるけど……」


「じゃあ教えてよ。俺も教えるから」


 私は掃除の時間が終わるまでゴネた末に、翼くんを指差した。顔が耳まで熱くて、心臓がバクバクうるさかった。


 びっくりされるかと思ったけど、翼くんはいたって冷静だった。


「俺の好きな人は平井ひらいに訊いて」


「え。なんで自分で言わないの?」


「だって恥ずかしいし」


 翼くんはそそくさと教室に帰ってしまった。


 平井さんは翼くんの幼なじみの女の子。クラスのリーダー的存在で、物静かでシャイな私とは正反対のタイプだった。


「幼なじみだから、好きな人が誰なのかも知ってるのかな?」


 当時の私は深くは考えず、言われたまま平井さんに「翼くんの好きな人って誰?」とたず

ねた。


 すると、平井さんは慣れた口調で、こう返してきた。


「一番は私、二番は二三ふみ、三番はあなた」


「えっ!」


 心の底から驚いた。


 一番が平井さんなのは分かっていた。だって、二人は幼なじみだから。


 二番が、平井さんの友達の舟橋ふなばし二三さんなのも納得がいく。可愛くて、男子にモテモテで、翼くんと同じくらい人気者だから。


 ……三番が私なのは予想外だった。あの平井さんと舟橋さんと並んで、三番。


(私、翼くんと両想いだったんだ!)


 たとえ、三番でも嬉しかった。

 それにいつか、私を一番に選んでくれる日が来るかもしれない。


  ◯


 その日は一日中舞い上がっていた。

 だけど帰りぎわ、隣の席の日向ひゅうがくんが申し訳なさそうに教えてくれた。


「平井さんが言ってたこと、真に受けないほうがいいよ。あれ、みんなに言ってるから」


「みんなって?」


「渋滝くんに告白した女の子、みんな」


 日向くんは、私と翼くん、私と平井さんとのやりとりを全部見ていたらしい。そういえば、日向くんも私と翼くんと同じ掃除の班だった。


「翼くんが三番目に私のことが好きって、平井さんがみんなに言いふらしてるってこと?」


「そうじゃないよ。平井さんは"あなた"って言っていただろう? 告白してきた子全員に"三番はあなた"って言っているんだよ」


 ……舞い上がっていた気持ちが急降下し、地面へと叩きつけられた。


 日向くんは四年生になったばかりの頃、翼くんと平井さんのこんなやり取りを見てしまったらしい。


『モテるってつれー! 告白断るのも、好きな人誰ー? って訊かれるのもめんどくさ』


『そんなのテキトーでいいじゃん』


『だって、みんなから嫌われたくねーし。俺、クラスの人気者だから。平井、お前が代わりに答えといてくれよ。俺のカノジョだろ?』


『も、もう! しょうがないなぁ! で、何て答えればいいの?』


『そうだな……俺が断った後に、"好きなやつ教える"っつってお前を紹介するから、一番はお前、二番は舟橋、三番はそれを訊いてきたやつ、って答えといて』


『三番が訊いてきた子? 一番でも二番でもなくて?』


『お前いるのに一番選ぶわけねーじゃん。あの舟橋も外せねーし。三番だったら信じそうじゃね?』


『たしかに! ビミョーな順位だし、周りにも言わなさそー!』


 ……信じたくなかった。あの翼くんと平井さんが、そんなひどい人達だったなんて。


 でも実際、平井さんは「三番はあなた」って言った。「あなた」とは言ったけど、私の名前は言わなかった。同じクラスなんだから、名前くらい知っているはずなのに。


 あれは、用意されていたセリフだったんだ。「告白を断りたいけど、嫌われたくもない」という、翼くんのワガママから生まれたセリフ。名前を言わなかったのは、うっかり他の子の名前を出さないためだ。


 いったい、何人の女の子が騙されたんだろうか? きっとみんな、私と同じように浮かれて、「いつか一番に選んでくれるかもしれない」と夢見ている。そんな日は一生来ないのに。


 夢から覚めた私は、翼くんへの気持ちがすっかり失せてしまった。


 日向くんは「余計なこと言ってごめん」と何度も謝っていたけど、おかげで本当のことを知れたから、むしろ感謝している。


 その後、翼くんは五年生に上がるタイミングで転校した。あの日以来ほとんど会話はなく、私から声をかけることもなかった。


  ◯


 あの苦い初恋以降、私は恋ができなくなった。


 「いいな」と思う人が現れても、悪い意味で翼くんのことを思い出してしまう。


 カップルを見ると、翼くんと平井さんに重ねてしまう。


 学年が上がるごとにカップルは増え、毎日が地獄と化した。


 だから、「恋なんてしなくても死なない」と自分に言い聞かせ、今日まで生きてきた。


 平井さんも舟橋さんも別の高校だし、翼くんにいたっては今どこにいるのかも分からない。このまま、過去の出来事として忘れられたら……そう願っていたのに。


「よぉ、天月あまつき久しぶりー! お前、俺のこと好きだったよな? 今フリーだから付き合ってやってもいいぜ!」


 まさか高校生になった今、翼くん本人と再会するとは思わなかった。学校からの帰り道に、ばったり出くわしたのだ。


 この数年で何があったのか、翼くんはチャラいデブの不良に成り果てていた。唯一の取り柄だった顔も、脂肪で醜く埋まっている。会ったら無視すると決めてはいたけど、顔が変わり過ぎて無視することになるとは思わなかった。


「……へー。内面が外見に出るって本当だったんだ。今のほうが、あんたらしいわ」


「それ、褒めてる?」


「最初からそれだったら、好きになんかならなかったって意味! なぁにが三番はあなた、よ! あんたも平井さんも、何様のつもり?! 私、全部知ってるんだからね?!」


「む、昔のことだろ? よく覚えてねーけど!」


 私は翼くんに積年の恨みをぶつけた。あの頃は言えなかった、本音を。


 翼くんも自分がしたことを覚えていたのか、目が泳いでいた。


「そんなことより、俺と付き合うのか?! 付き合わないのか?!」


「論外! 今すぐ消えて!」


 私は翼くんを振り切ろうと、走る。翼くんは「本当に三番目に好きだった」とか「連絡先だけでも交換しない?」とか、しつこく追いかけてくる。


 後から聞いた話によると、翼くんは転校先の学校に馴染めず、グレて不良になったらしい。

 ガラの悪い連中とつるんで好き放題していたけど、金に困り、片っ端から知り合いを訪ねて回っていたとか。私のところに来たのも、それが理由だった。


 ただでさえ黒歴史だった初恋の記憶が、さらにどす黒く汚れ、醜く歪んでいく。本当に、本当に……恋なんてするんじゃなかった。

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