化け物に命を狙われたザコ俺氏、助かるただ一つの方法が美少女(クソ強)ハーレムを作って守ってもらう事だった。

太田栗栖(おおたくりす)

第1話 プロローグ

 ―――神に見放された子。


 フェイル=フォン=アースヴァルドという少年は、嘲りを込めて周囲からそう呼ばれていた。


 何故なら、彼はありとあらゆる成功を約束された生まれでありながら、何の才能にも恵まれなかったから。


 フェイルが産まれたアースヴァルド公爵家といえば、国を跨いで世界にその家名が轟く武の名門である。


 代々優秀な武官を輩出し、直近ではフェイルの父にあたる人物が王国の大将軍に就任している。


 脈々と受け継がれし騎士の血統。

 しかし、弟が輝かしい才能を開花させる一方で、フェイルの剣は凡人の枠を出なかった。


 それは魔術でも同様の事であった。


 フェイルの母親は、国内最強とまで言われた魔術師だった。

 その実家は王国樹立前から続く魔女の一族、こちらも紛うことなき超良血である。


 その血を継いだ子供は、当然のように剣のみならず魔術の才覚まで示した。


 ―――フェイルを除いて。


 まるで神のいたずらのように、フェイルだけが特別な何かを持つことなく育ったのだ。


 そんな彼にとっての更なる不幸は、アースヴァルド家の長男に生まれてしまったことだろう。


 武の名門家の長男として求められる姿と、そう成れない自分。周囲からは、弟と生まれる順番が逆なら良かったと言われ。


 向けられるべき期待や感心、果ては自らの居場所まで弟に奪われ。


 そうして、妥協と諦めにまみれた憐れな少年が―――本作における主人公である。


 灰色に染まり切った彼の人生は、とある出会いから派手に色付くことになる。


⚪️


「フェイル君。非常に残念だけど、先日騎士連盟で行われた会議で、君は能力不十分と判断されてしまったんだ」


 アルカディア王立軍事総合学校の校長室で、二人の人物が相対していた。


 一人はたったいま口を開いた男。

 ここ、アルカディア王立軍事総合学校の学校長を務める、ニコラス=フォン=エンデンバーグであった。


 穏やかな雰囲気、人好きのする笑み。

 されど口から放たれたのは、相対する少年の夢を踏み潰すもの。


「従って、来年度からは騎士クラスから一般クラスに編入して貰うことになる」


「ま、待って下さい!」


 フェイルはニコラスの宣告に声を荒らげた。


「何かな?」


「何とかならないんですか!?俺の実力が無いことは分かってます!でも俺、誰よりも努力してるんです!だから―――」


「だからこそ、だよ」


「えっ」


 ニコラスはフェイルの必死の懇願を一蹴する。


「誰より努力してもなお、騎士クラスでの成績は最下位だった。君の実力がここ止まりである事は、君自身がよく理解しているんじゃないのかな?」


「そ、れは―――」


「騎士は人類の剣であり盾でもある。だからこそ弱き者が誰かを守るために前に立ってはいけない。邪神の眷属が顕現したとして、今の君では民衆の盾にすらなれないだろう。共に背を向けて逃げられるならまだマシ、君という騎士に希望を持った民衆が少しでもその場に留まってみたまえ。大勢が死ぬことになるだろうね」


 突き付けられた言葉は、真剣のように痛みを伴って深く心に突き刺さる。


 残酷すぎる現実を改めて受け止め、フェイルは様々な感情がごちゃ混ぜになった顔で立ち尽くす。


 ―――ニコラスの言葉を聞いて咄嗟に抵抗したフェイルだが、彼は自分が騎士に成れない事を既に理解していた。


 人より小さく、俊敏性や柔軟性にも欠けた貧弱な身体。

 豊富な魔力があれば肉体の非力さを補う事もできたが、フェイルにはそれすら無かった。


 騎士として必要なモノが何もないのだ。


 そんな凡人未満の彼が、アルカディア王国で最優と謳われる学校の騎士クラスに残り続けられる訳がない。


 そもそもの始まり、入学すら実家のコネに頼ったモノだったのだから。


 だからこれは既に決まっていた事。

 未熟者を弾いて騎士クラスが正常に戻る、ただそれだけの事。


「まあ、無力とされていた者がある日突然騎士に目覚めるケースが過去に全くなかった訳ではない。それに騎士に成れずとも、騎士以上の貢献をする方法は幾つも存在するしね。我が校の一般クラスには、そういった力を育む設備も多く整っている」


「―――」


「君の夢を絶った私が言うことではないかもしれないけど、時間は沢山あるんだ。もう一度身の振り方を考え直すと良い。私からの話は以上だけど、何か質問はあるかな?」


 唖然と立ち尽くすフェイルは力なく首を横に振る。


「分かった。それじゃあ編入に関する詳細な資料は、追ってフェイル君の実家に送らせて貰う事にするよ」


「······はい。それでは、また」


「うん。またね」


 覚束ない足取りで校長室を出ようとするフェイル。その背中に再び声が掛けられた。


「ああごめん。一つ言い忘れていたよ」


 恐怖でびくりと肩を震わせ、ゆっくりと振り返るフェイル。そんな彼をどん底に叩き落とす一言が、最後の最後に残されていた。


「騎士クラスでない生徒が学校の敷地内で帯剣することは禁じられているんだ。今日はもう仕方ないけど、来年度からは気を付けてね」


「―――あ、はは。分かりました」


 騎士である自分の半身すら奪われ、全てを失ったフェイルは、力なく笑いながら今度こそ校長室を後にした。


⚪️


 校長室を後にしたフェイルは、無心で学校内を彷徨っていた。


 今はなにも考えられない。思考を働かせればさっきの出来事を鮮明に思い出してしまいそうだった。


「なあ、この後どうする?」


「訓練行こうぜ。今日って修練所空いてるだろ?」


 すれ違う騎士クラスの生徒の会話がフェイルの鼓膜を叩く。


「おい見ろよ、あれ」


「やめろって指差すな。バレたらどーすんだよ」


「確かに。あいつん家ってメチャクチャ偉いもんな」


 一般的に見て明らかに実力が足りていないフェイルがコネで入学したという情報は、証拠こそ無いが周知の事実として広まっていた。


 だから彼を見た他の生徒たちは、彼を遠巻きに嘲笑う。


 だが、それすら今のフェイルには何も響かなかった。

 考えれば思い出す。だから無心で、何にも影響されることなくただ歩き、そして―――


「は、はっ、ウソ、だろ」


 やがて辿り着いたのは、旧校舎の裏であった。


 普段からフェイルは、人気のないこの場所で剣の訓練をしていた。


 人目に付けば不格好な剣を笑われる。

 家の訓練所には弟がいて、嫌でも才能の輝きが目を焼く。


 だから、人混みや家から逃げるように、誰もいないここを自らの居場所とした。


 既に騎士クラスから排除されているというのに、フェイルの身体は無意識でもここまで歩いてきた。


 歩いてきてしまうほど、毎日欠かす事なく彼は訓練を続けてきたのだ。


「何で俺なんだよ」


 一つ、苦しみが零れる。


 何故自分なのか。


 有り得ない程剣にのめり込み、それ以外の全てを捨てて磨いてきた。

 努力で辿り着けるところまでは、誰よりも早く到達したと言って良いだろう。

 そこから先、フェイルは才能の壁に阻まれたのだ。


 何故自分なのか。


 誰よりも熱意を持ち、誰よりも強さを渇望した。


 本当に、フェイルには剣しか無いのだ。

 他にはなにもいらない。だというのに、その唯一を奪われた。


「ふざけんなッ!」


 じわりと悪感情が広がる。

 抑えきれないそれは次第に膨れ上がって―――


「やーやーどうもどうも、はじめまして!」


「は?」


 そんな感情を吹き飛ばす衝撃と共に、その少女は突然現れた。


「私、イルシアと申します!フェイル先輩のハーレムを作るために参りました!」


「は?」


 あまりに突然で、しかも理解できない言葉を放つイルシアという少女。

 フェイルは放心状態になって固まった。


 ―――これが、フェイルの人生を変える運命の出会いであった。


 イルシアの馬鹿げた自己紹介から始まる物語が、凡人を最強の剣士へと成長させる。



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