ぼっちゃんと夏海ちゃんのお風呂

「ぼっちゃんお風呂行く?」


 ぼっちゃんが部屋で子猫と遊んでいると、夏海ちゃんが声をかけました。ぼっちゃんはクローゼットから昨日林檎ちゃんの用意してくれたお風呂セットを出し、廊下に出ました。


「着替え持った?」

 ぼっちゃんはカエルさんパジャマを見せました。

「ぱんつある?」

 ぼっちゃんは自分のぱんつを掲げました。

「水鉄砲持った?」

 ぼっちゃんはしゃきんと水鉄砲を抜きました。

 完璧です。

「ならだいじょうね」

 ふたりはお風呂に向いました。お風呂は各個室に用意してあります。だから、この場合は夏海ちゃんの部屋になります。

「ぼっちゃんばんざーい」


 ぼっちゃんは両手をあげました。そのうちに夏海ちゃんはぼっちゃんのお洋服を脱がせてあげました。それからぼっちゃんは夏海ちゃんが服を脱いでる間にズボンを脱ぎました。いつもズボンは自分で脱いでるんです。ぼっちゃんは先に風呂に行きました。お湯の温度を確かめてるうちに夏海ちゃんも来ました。夏海ちゃんは後ろからシャワーをかけてくれました。


「熱くない?」

「ふん」ぼっちゃんはうなずきました。


 夏海ちゃんはぼっちゃんの頭を丁寧に洗ってあげました。ぼっちゃんは気持ちよさそうにしてましたよ。夏海ちゃんは泡を流してあげました。


「身体は自分で洗える?」

「ふん」とうなずきました。


 ぼっちゃんは夏海ちゃんに手伝ってもらった分早く洗い終わりました。ぼっちゃんは夏海ちゃんに向け、ひたすら水鉄砲を連射していました。泡を流してあげているんです。ウザったいことこの上ない行動です。でも怒ったりはしません。夏海ちゃんはぼっちゃんのことが大好きだからです。


 夏海ちゃんは湯船に入りました。狭いバスタブをふたりで並んで座りました。ぼっちゃんは思い出したように数を数え始めました。


「いち、にーい、さーん…」

 夏海ちゃんはしばしぼっちゃんの様子を眺めました。でも、もう限界です。

「ぼっちゃん可愛いっ」


 夏海ちゃんはぎゅっとぼっちゃんを抱きしめました。ぼっちゃんのことが好き過ぎたんです。ふわふわの髪もお月さまのような丸い顔もクリクリした大きなお目々も。甲高い声も痩せっぽちの身体もタマタマをぶらんぶらんさせてるところも。ぜんぶぜんぶ大好きなんです。可愛くてしかたないんです。


 いきなりの大好き攻撃にさすがのぼっちゃんも面食らってました。ただ夏海ちゃんのことが大好きなことを思い出したのでしょう。すぐにきゃっきゃっと笑い始めました。

 夏海ちゃんは自分とぼっちゃんのほっぺをすりすりしました。ぼっちゃんのほっぺたはモチモチのスベスベなんです。世の女の子たちがどんなに化粧品で足掻いても小さな子供の方がすべすべなんですよ。


 ぼっちゃんはもうされるがままでしたよ。でも急に真顔になりました。


「どうしたの?」

 夏海ちゃんは聞いてあげました。

「どこまで数えたっけ?」

「34まで数えてたよ」


 ぼっちゃんは納得し、再び数を数え始めました。今のぼっちゃんにとってもっとも重要なことは100まで数を数えることだったのです。それがなんだかおかしくて、それ以上に可愛くて、夏海ちゃんはにっこりと笑いました。


 ***


 ふたりは一緒にお風呂から出ました。夏海ちゃんはまず大きなバスタオルをぼっちゃんの背中からかけてあげました。そのまま髪も拭いてあげます。ぼっちゃんは着替え始めました。カエルの顔のようなフードがついており、このパジャマはぼっちゃんのお気に入りでした。


 着替え終わるとふたりはベットに座りました。

 夏海ちゃんはぼっちゃんの髪をまにまに印のドライヤーで乾かしてあげました。熱風が吹きつけるとぼっちゃんはきゅっと目をつぶりました。夏海ちゃんはぼっちゃんの髪を優しく梳いてあげました。

 次は夏海ちゃんが乾かす番です。でもなぜかぼっちゃんがドライヤーを持ってました。


「ぼっちゃんが乾かしてくれるの?」

「はい」

「じゃあお願いするね」

「ふん」


 ぼっちゃんは夏海ちゃんの髪にドライヤーを向けました。あんまり丁寧じゃありません。女の子にとって髪のお手入れはとても大事ですからね。ほんとうは小さなぼっちゃんなんかに任せるべきではないんです。でも夏海ちゃんはぼっちゃんの好きにさせてあげました。夏海ちゃんにとってはぼっちゃんと触れ合うこの時間こそがかけがえの無いものだったからです。これは世の心理です。


「寝よっか」

「ふん」


 ぼっちゃんは夏海ちゃんの部屋に押しつけられたトカゲちゃんとクワガタちゃんの様子を見てから布団に潜りました。

 部屋が暗転します。

 ぼっちゃんはすっかり夏海ちゃんの腕におさまってました。夏海ちゃんはぼっちゃんを抱きしめました。身体はポカポカで、頭からはシャンプーのいい匂いがします。ぼっちゃんには抱き枕となる天賦の才がありました。やがて、ぼっちゃんは寝つきました。夏海ちゃんの腕の中にいると安心できるみたいです。


 暗い部屋を月明かりが照らします。夏海ちゃんはぼっちゃんの愛らしい顔を眺めました。この小さなぼっちゃんもいつかは大人になります。


(ずっと子供のままならいいのに)


 夏海ちゃんは思いました。

 反面どんな大人になるか楽しみな気もします。ただできればハンサムな男の子に育ってくれればと思います。これは全ての女の子の持つ願いでした。男の子にはみんなハンサムであって欲しいのです。でも夏海ちゃんはどんなぼっちゃんでも大好きでした。それは手塩にかけ大切に面倒見てあげたぼっちゃんだからです。

 夏海ちゃんはぼっちゃんの頰にキスし、目を閉じました。明日も仕事があるからです。

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