クワガタと礼節

 ぼっちゃんと緑ちゃんが夜のデートから帰ったときのことです。玄関の前にクワガタが止まってました。図鑑に載ってるようなデカい奴じゃありませんが確かに立派な角を持った男ノ子です。これはもう、捕縛される運命でした。

 お屋敷に戻ると他のメイドちゃんたちが迎えてくれました。


「あっ、ぼっちゃんなんか持ってる」

 ひまわりちゃんは指差しました。

「びぃぃ」


 ぼっちゃんはさっそくクワガタちゃんを自慢しました。


「どこで見つけたの?」


 夏海ちゃんは聞いてあげました。ほんとはクワガタちゃんのことなんて、全然興味なかったんです。女の子なんてそんなもんですよ。でも夏海ちゃんはぼっちゃんのために聞いてあげたんです。


「ドアんところ」

 ぼっちゃんは指差しました。

「目の前にいたの?」

 夏海ちゃんはさらに尋ねました。

「ふん」ぼっちゃんは嬉しそうに答えました。

「よかったね」

 夏海ちゃんは笑ってくれました。ぼっちゃんも笑顔になりました。

「おぼっちゃま、緑ちゃん」

 林檎ちゃんは呼びました。

「お食事ができてますわよ」

「これどうする?」

 ひまわりちゃんはクワガタちゃんのことをこれ呼ばわりしました。

「物置き部屋に予備の虫カゴがあったはずです」

「持ってきてあげる」

 ひまわりちゃんは駆け出しました。

「また買ったの?」


 モモちゃんは尋ねました。

 ぼっちゃんがしょっちゅう小さな生きものたちを拾ってくるものですから、このお屋敷には虫カゴのストックがたくさんあるのです。


「あったよ」


 ひまわりちゃんは虫カゴを手に戻りました。ぼっちゃんたちは一度外に出て、クワガタさんのお家を作りました。

 ぼっちゃんたちは食堂行きました。ちょうど青ちゃんが机の上にお料理の乗ったお皿を置いているところでした。青ちゃんはお皿の前に虫カゴを置きました。


「あら、小さなお客さまですわね。でもこの子のお食事は用意してませんわ。なにをあげればよいのでしょう」

 林檎ちゃんは悩みました。

「行く?」青ちゃんは申し出ました。

 要するに餌を現地調達してやろうかという意味です。

「でももう遅いですわよ?」

「青ちゃんは夜更かしばっかりだもんね」

 ひまわりちゃんは指摘しました。

「ねっ」

「むふぅ」

 青ちゃんは胸を張りました。

(青ちゃんの方が黄色ちゃんより胸大きい?)

 ほんとうにどうでいいことですけれど、モモちゃんはふと思いました。

「ハチミツでいいんじゃない?」

 夏海ちゃんは提案しました。

「そうですね」

 ぼっちゃんと緑ちゃんとクワガタちゃんはお食事の席につきました。

「ぼっちゃん今日なに見たの?」

 夏海ちゃんは尋ねました。ぼっちゃんは緑ちゃんと劇に行ってたのです。

「まにまにの生誕秘話」

「なにそれ普通に気になるんだけど」


 ぼっちゃんはクワガタちゃんパワーでご機嫌ですから、いっぱい喋りました。なんでもまにまにはこの世界住人ではないんですって。「ほんとなの?」と夏海ちゃんは首を傾げていました。いっぽう緑ちゃんは静かでした。


「緑ちゃんなんで難しい顔してるの」

 ひまわりちゃんは尋ねました。

「お食事のときまで虫と一緒なんて、お行儀が悪いと思うんです」

「でも可愛いよ」

 ひまわりちゃんはクワガタちゃんに対し、好意的でした。

「そういう問題じゃありません」

 青ちゃんはどこかに行っちゃいました。正論が嫌いなんです。

「でも悪いと思うならなぜ注意しないのです?」

 林檎ちゃんはふと疑問に思いました。

「面と向かって言うのはあのクワガタに失礼な気がするんです。これは難しい問題です」


 難しい問題であるから、結論はでませんでした。つまり現状維持です。当のクワガタちゃんは呑気にハチミツを食べてました。



 

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