悪役貴族転生〜俺はこのゲーム世界を蹂躙する〜
鴉由羅
第1話 俺の名前ルシオンって言うのか?
「おい!! なんとか言ったらどうだ⁉」
急に胸元を掴まれ怒鳴られた。
目の前には整った顔立ちの男がいる。
どうやら周囲には目の前の男と同じ制服を着た男女が大勢いて俺を非難しているようだ。年齢や制服から学生だと想像がつくが、この状況がまるで虐めを受けているようだ。
――気に入らないな。
何故こんな状況になっているのか心当たりは全く無いが、目の前で騒いでいるコイツが、周りの連中を調子に乗らせているのは間違いないだろう。ならばこんな状況になっている原因はコイツなのではないか?
そんな考えに辿り着くと心の奥底から激しい感情が沸き起こった。
――目の前のコイツが無性に気に入らない。
「その手を【離せ】」
思わず口から出た言葉は、ちゃんと効果があったらしい。目の前の男は、俺の言葉を聞くなり即座に手を離した。しかし何故自分がそんな行動を取ったのか分からない。といった顔をして不思議そうに自分の手を見ている。
その姿に少しばかりの満足感を覚えていると、途端に身体が重くなり、腹の底から何かが上がってくる不快感に思わず口元に手を覆うように持っていく。
「がはっ……はぁはぁ……」
口を覆う指の隙間からは、赤い液体が流れ落ちた。どうやら俺は吐血したようだ。
口の中が血の味で気持ちが悪い。ちょっと気を抜くと足元がフラつく程度には体調も悪い。が、身体に痛みを感じないせいか、死ぬかもしれないといった不安はない。
今の自分の状態を例えるなら、急激に体力を失って貧血ってのが近いか?
「……おい大丈夫なのか?」
この男も、目の前で急に吐血されたら心配になるようだ。さっきまでの剣幕は微塵も感じられない。ちょっと腹いせに揶揄ってやるのも面白いかもしれないな。
余り余裕は無いが、残念ながら俺の性格は控え目に言っても宜しくはないことは自覚している。なので目の前の男だけでなく、周りの連中も含めて、俺の溜飲を下げる為にこの場を掻き回した後に立ち去ろう。
「大丈夫じゃないな。お前が乱暴な事をするから持病の発作が出てしまった。この持病は原因不明なんだ、伝染るかもしれないから嫌なら道を開けてくれないか?」
見ろよとばかりに勢い良く手首を返し、手に付着した血を辺りに飛ばしてやった。途端に辺りは阿鼻叫喚に包まれる。当然だ。他人の血など病気の有無に関わらず誰もが浴びたいものじゃないからな。
「待てよ。彼女を解放しろ」
ゆっくりと、その場を離れようとした俺を呼び止めたのは、やはり目の前の男だった。
「彼女?」
何の事か分からない俺を睨みつけたまま顎で後ろを示してきたが。機嫌が悪そうなのは恐らく、制服の胸元に出来た血の跡が原因だろう。俺からのプレゼントだ。
思わずニヤけそうになった顔で後ろを振り返ると、まるで俺の取り巻きのように、少し後ろで二人の男子生徒が女生徒を抑えつけていた。因みに振り返った際に目があった方の男子生徒は、明らかに俺から距離を取ろうとしていたので声を上げて笑いそうになってしまった。
「誰だコイツら。好きにすればいんじゃないか? 俺には関係ない」
なんとなく現状も分かってきたが、俺にはこの瞬間までの記憶が存在しないので正直どうでもいい。今の最優先は、さっさとこの場を去り、口を濯ぎたい。今も血の味がして気持ち悪いんだよ。手も洗っておきたいしな。俺自身の事を確かめるのはその後だ。
それにしてもコイツ本当に邪魔だな。
俺の目の前に立ち塞がっている、この男の向こう側に建物の入り口が見えている。
恐らく此処が学校の中庭とかそんなとこだろうと想像はつく。ならば医務室辺りが何処かにあるだろうから誰かに会えたら聞けばいいだろう。この状況から考えれば教えてくれるかは怪しいが……。
「お前が俺を呼び出す為に、取り巻きを使ってレイシアを攫わせたんだろう。それなのに……本当にそれでいいんだな?」
「何度も言わせるな。好きにしろよ」
何度も念を押すように言ってくるとは、しつこい奴だな。この状況を説明してくれるのは有り難いけど、俺はそれどころじゃないんだよ。見て分かれよ。
後ろにいた女はレイシアと言うらしい。
うん。誰だよ。本当にどうでもいいな。
少し体調が落ち着いた気はするが、まだまだ辛い。これ以上の面倒事はごめんだ。
さっさと退散させてくれぇぇ。
心の中で俺は叫んだ。
「俺はもう行く」
目の前の男の隣を通り過ぎる間も、奴はずっと緊張していた。彼にこれほど警戒されてるとは、俺は彼に一体何をしたのやら、そして俺は彼に何をされたのか気になったが、建物に向かって進むたびに近くの連中がササッと道を開けるのが楽しくなってきて、どうでもよくなった。
我ながら性格が悪いと思いながらも、絶対に今後も直そうとはしないだろう。そんな俺の耳に後ろに置いてきた連中のやり取りが聞こえてくる。
「お前達聞いたとおりだ。レイシアを離せ」
「お、俺達はルシオン様に言われただけで……」
「おいっ!! いいから逃げるぞ!?」
取り巻きっぽい連中は、声をかけられるなり逃げ出したようだ。ここが学校だとするならば、こんな閉鎖された場所で逃げてどうするというのか。個人はとっくに特定されているだろうに彼等はアホなのだろう。どうせ俺のせいにするのなら、あそこで謝罪もするべきじゃなかろうか?
まぁ、そんなことより聞き捨てならないセリフがあったな。聞き間違いでなければルシオンと言うのが俺の名前になるのか?
なかなかカッコいい名前じゃないか。
これは急いで鏡も探さねばならんな。
「ねぇ、貴方だれなの?」
俺は建物に入るなり声をかけられた。
そいつはピンクの髪を肩のあたりまで伸ばした。中々に可愛い女生徒だった。が、このタイミングでこの質問はおかしい。
こんな騒ぎを起こす俺が有名人でない筈がない。今ならそれくらいは分かる。ならば俺の答えはこうだ。
「自己紹介が必要なのか?」
「…………」
彼女は俺からジッと目を離さない。
なんかすっごい視線の圧が強いんだけど。
ちょっと格好つけ過ぎたかな?
「付いて来て」
良かった。とりあえず会話は続けてくれそうだ。滑っちゃったかと思ったよ。
「何処へだ? 見ての通り歩くのも辛いんだが」
「医務室へ連れて行くわ。そこで貴方の知りたいであろう事を教えてあげるわ」
よっしゃ道案内ゲットだ。それになにやら意味深な存在感出してきたんだけど。
お前こそ何者だよって返したら駄目かな?
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