第三章 夏の蒼海

第12話 ベッド上、温もりのみ、違和感あり

藍色のカーテンが、朝の日差しにより輝いて始まる夏休み二日目。

ベッドの上でぐっすりと眠っていた俺は、ある違和感を覚えて起床した。


「――ぐあ?」


腕に、まるで人の温もりのように温かく、それでいてつきたてのお餅のような柔らかい感触を服越しに感じ、ゆっくりと目を開ける。

まだ完全に覚醒していない意識の中、ゆっくりと感触を感じていない方の腕を使って布団をはがし確認した。


「――なっ!?」


目に映った光景に、思わず驚きの声を上げてしまった。


俺の腕に両腕を絡め、身を寄せながら寝ている依史いしちゃんが、そこには居た。

その寝顔は清々しい程に綺麗で可愛くて――まるでお腹を上にしてぐっすりと寝ている猫のような、そんな可愛さを持っていた。


「な、な、ななんで」


俺はあからさまな動揺を隠さずに小さい声でそう口を開く。

依史いしちゃんを起こさないようにという思いが咄嗟に顔を出したおかげで、声量をギリギリで抑えられた。


凄いぞ、俺。

そして偉いぞ、俺。


依史いしちゃんの寝顔を、息をのみながら数秒見守る。

よし、起きてはいないようだ。


さっきの驚いた声で起こしていたら申し訳ないな。とこんな時にまで思いつつ、俺はホッと胸をなでおろす。


てか心臓の鼓動がやばい。

ドックンドックンって尋常じゃない程に音を出してる。

一旦深呼吸、深呼吸をしよう。


すー…………はー………すー…………はー………


…………よし。


そうして一旦深呼吸を挟んだ俺は、ほぼ無理矢理平常心を保っているのに近い状態で思案する。


なんで依史いしちゃんが俺のベッドに居るんだ?

海華みか依史いしちゃんは一緒の部屋、ベッドで寝るという事で当人同士の間で決まっていたはずなのに……。


てかそもそも、こういう場合ってとりあえず依史いしちゃんを起こすべきなのだろうか。

それともこのまま起きるまで放置してあげておくべきなのか……。


いやいや、こんな時まで優しさを出していてはダメだ。

もしこんな所をしゅんならまだしも海華みかに見られでもすれば、いくら長い付き合いとはいえ昨日よりも深い誤解を招くのは必須!!

昨日の時点でナンパ師だったのだから、次は幼女を襲う変態ロリコンクソ野郎に見事ジョブチェンジしてしまっても不思議では無い!!


いくら俺といえど、そんな大変不名誉なジョブにチェンジしたくは流石に無い。


というわけで、情けを捨てた俺は依史いしちゃんの体を起きるまで揺らす――――すると。


「んっ……?」


薄く目を開けながら、こちらを視認した依史いしちゃんが小さく言葉を漏らす。


「起きて依史いしちゃん。このままだと色々とマズイから」


主に俺のジョブが。


体を揺らしながら少女の名前を呼ぶと、当の本人は呑気にう~んと言葉を零しながらゆっくりと体を上げて、ベッドの上で女の子座りをしながら口を開いた。


「何がマズイんですか?……私の身の上の方がよっぽどマズイですよ」

「いやそうなんだけどね?」


目をこすりながら、どう取り扱っていいのか難しい言葉を口に出す依史いしちゃんに、俺はすかさずそう返す。


「えっと、どうして俺の部屋に居るの?海華みかと一緒に寝たんじゃなかったっけ?」


そう聞くと、依史いしちゃんがボケっとした表情をしながらまだ全開ではない目を使って辺りをキョロキョロと見渡す。


「……?どうしてお兄さんが海華みかさんの部屋に居るんですか?」

「いや、だからここは俺の部屋なの!」


俺のその言葉を聞いて「う~ん……」と言葉を零し数秒考えた依史いしちゃんが、ようやく思いついたかのように手のひらに拳をポンと載せ言う。


「あぁなるほどです。ほらよく言うじゃないですか、ひよこは生まれて初めて見た動くものを親だと思うって。きっと私もそれにならって親元に帰ってきたんですね」

「いや意味が分からな――いやなんとなく分かるけどとりあえず言いたいのはなんでそういう雑学は記憶から抜けてないの?おかしくない?」


ハグの件といいこのひよこの件といい――なんでこんな雑学だけを無性に覚えてるんだ……?まさか、記憶が無くなる前はご近所では有名な雑学博士とかだったりするのか??


――なんて、ほんの少しだけ可能性がありそうなしょうもない話を考えながら、俺は頭を抱えながら口を開く。


「とりあえず、誰か来たらまた誤解を招きかねないし、早く出てリビングなり海華みかの部屋なり行ってきなさい」

「獅子は子を崖から突き落とすと言いますが、まさか私もそうなるとは」


物悲しそうな表情を浮かべながらしみじみと言う依史ちゃん。


「いや、ただ部屋から出て行ってと申しただけなんだが?」


でもなんだか、出会って二日目ではあるけど、依史いしちゃんも昨日より自分を出せているような……そんな感じがして嬉しい。


昨日の依史いしちゃんは礼儀正しい、しっかりとした存在みたいに思っていたけど、寝ぼけて頭が回っていないからこその言動なのか、自然体のように感じる。


「昨日の巫女さんの話では共に居てくれるという話だったのに」

「あれ寝る時も含んでいたのか……」


俺がそう呟いてすぐに、依史いしちゃんがベッドから降りてドアの方へとトコトコ歩き出して、ドアノブに手をかけるとこちらを振り返って口を開く。


「でもありがとうございます。なんだか元気が出ました」

「…………え?」


ニコっとした明るい笑顔をこちらに向けて、いきなりそう感謝の言葉を述べてドアノブを引いた依史いしちゃんに向かって、俺は困惑を隠さずに言葉を零した――それと同時だった。


「えっ……」


何に対してのお礼なのか考える暇もなく、ドアの先で困惑を示しすような聞きなれた女性の声が聞こえてきたのは。

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