第42話:泣き声・文野綾子視点

 私が店長になって新しい店を出すという話は、全力で反対しました。

 店長候補になっていた他のお母さんたちも、全力で反対しました。

 重すぎる責任を背負いたくはありません。


 私たちには、子供を育てるという至上の命題があるのです。

 天子さんたちのお陰で、無理をしてお金を稼ぐ必要がなくなったのです。

 このまま天子さんたちの庇護の下にいたい、そう思うのが普通です。


 とはいえ、子ども食堂の資金源を強化する事には大賛成です。

 私たちに負担がかからない範囲なら大賛成です。

 なので、みんなで知恵を出し合って策を考えました。


 策とは言っても大した事ではありません。

 DVをするかもしれない元夫や元恋人に見つからないのなら、重い責任さえなければ、働くこと自体は嫌ではないのです。


 私たちが考えて天子さんたちに取り入れてもらったのは、デリバリーで平飼い親鶏料理を売ってもらう事です。


 既存のデリバリー用丼を利用する事で、平飼い親鶏白湯ラーメンをある程度温かい状態で、麺が伸びる事がないおいしい状態で、デリバリーできるようにしました。


 t食べる所も売り場もない、料理を作るだけの部屋を借りてもらいました。

 そこで平飼い親鶏料理を作ってデリバリー業者に運んでもらう分と、テイクアウト専門店と平飼い親鶏白湯ラーメン店で売ってもらう分を作りました。


 私たちがデリバリー用の部屋を借りてもらう前の話です。

 ごく短い間だけの実績ですが、平飼い親鶏白湯ラーメンの売り上げは、1カ月で6000万円も有りました。


 もう少しだけ長くやっている平飼い親鶏料理のテイクアウト専門店の売り上は、1カ月で9000万円くらいでした。


 材料費が恐ろしく安いので、粗利が90%を超えています。

 店員として働く私たちに、大阪府の最低賃金1064円を大きく超える1600円渡しても、営業利益が70%を超えているのです。


 売り上げが減らない限り、産業廃棄物としてお金を払って処分されている親鶏をこれまで通り無料でもらえる限り、子ども食堂は月1億円の運営費を使えるようになっていたのです。


 ここに、デリバリーの売り上げが加わる事になりました。


 デリバリー配送範囲内だけですが、日本に永住している人は、自宅にいながら他では絶対に食べられない平飼い親鶏料理を食べられるようになりました。

 旅行者は、素泊まりのホテルやユースホステルで食べられるようになったのです。


 一時的な流行なのかもしれませんが、デリバリーだけで月1億円を超える売り上げがありました。


 1部屋だけしか借りていなかった文化住宅を、合計3部屋借りる事になりました。

 子ども食堂の運営費が、月1億7000万円にもなりました。


 天子さんたちは、その運営費で親鶏を放し飼いにする山林を購入費されました。

 これまで知らなかったのですが、天子さんたちは単なるNPOではなく公益社団法人だったので、PTS要件を満たさなければいけないのです。


 急激に利益が増えてしまい、総収入に占める寄附金収入の割合が5分の1以上である事を維持するために、莫大な経費を作る必要があったのです。

 平飼い親鶏の事業で経費を作る必要があったのです。


「できればこれまで通り、税制の有利な公益社団法人として、恵まれない子供たちを助けていきたい。

 恵まれない子供たちを助ける為の利益なのに、それが原因で一般法人になるのは腑に落ちない。

 あらゆる手段を使って利益を圧縮するか、子供を助ける事業の準備金として認めてもらえるように、各担当窓口と相談する」


 天子さんがそう宣言されて、みんなで手分けして動きました。

 色々相談した結果、今年度の莫大な収入は突発的なモノ、一時的な事として、中長期的な収支の均等を考えて積立金にすれば良いと助言されました。


 特定費用準備金、資産取得資金、当期の公益目的保有財産の取得などにあてる事で、公益社団法人が維持できることになりました。


 平飼い親鶏の事業自体は、職員の天子さんや太郎さんたちが主となり、恵まれない子供たちの親を雇う事で、公益事業に含まれます。

 以下の23公共事業の第3と第5に該当するのです。


「23公共事業」

1:学術及び科学技術の振興を目的とする事業

2:文化及び芸術の振興を目的とする事業

3:障害者若しくは生活困窮者又は事故、災害若しくは犯罪による被害者の支援を目的とする事業

4:高齢者の福祉の増進を目的とする事業

5:勤労意欲のある者に対する就労の支援を目的とする事業

6:公衆衛生の向上を目的とする事業

7:児童又は青少年の健全な育成を目的とする事業

8:勤労者の福祉の向上を目的とする事業

9:教育、スポーツ等を通じて国民の心身の健全な発達に寄与し、又は豊かな人間性を涵養することを目的とする事業

10:犯罪の防止又は治安の維持を目的とする事業

11:事故又は災害の防止を目的とする事業

12:人種、性別その他の事由による不当な差別又は偏見の防止及び根絶を目的とする事業

13:思想及び良心の自由、信教の自由又は表現の自由の尊重又は擁護を目的とする事業

14:男女共同参画社会の形成その他のより良い社会の形成の推進を目的とする事業

15:国際相互理解の促進及び開発途上にある海外の地域に対する経済協力を目的とする事業

16:地球環境の保全又は自然環境の保護及び整備を目的とする事業

17:国土の利用、整備又は保全を目的とする事業

18:国政の健全な運営の確保に資することを目的とする事業

19:地域社会の健全な発展を目的とする事業

20:公正かつ自由な経済活動の機会の確保及び促進並びにその活性化による国民生活の安定向上を目的とする事業

21:国民生活に不可欠な物資、エネルギー等の安定供給の確保を目的とする事業

22:一般消費者の利益の擁護又は増進を目的とする事業

23:前各号に掲げるもののほか、公益に関する事業として政令で定めるもの


 天子さんたちは、平飼い親鶏の事業を全国展開する準備として、莫大な利益を使って不動産を買ったり、備品を買ったりされました。


 天子さんたちの目が行き届く場所にいる子供たちは幸せになっていますが、未だに多くの子供たちが苦しい状況にいるのです。


 そんな子供たちを助けるために、全国各地に支部を立ち上げようとされたのです。

 平飼い親鶏料理専門店、子ども食堂、母子生活支援施設が併設された支部を設立させて、就職先に困っているひとり親を雇おうとされました。


 私もできるだけお手伝いしたかったですが、できる事など限られています。

 お店で接客して料理するくらいしかできません。


 他は、番犬を連れ巡回するていどです。

 ところが、その巡回で、とんでもない場面に出くわしたのです。


「探せ、何としても探し出せ」


 マンションの1階に多くの人が集まり、血相を変えて何か言い争っています。


「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン、ウォン!」


 サツマがこれまで聞いた事のない激しい鳴き声をあげました。


「どうされたのですか?」


「子供の泣き声がすると児童相談所に電話したんだが、ブザーを鳴らすだけで中に入ろうとしないんだ。

 ずっと泣き声がするので、何度も児童相談所に電話しているんだが、形だけ来るだけで中に入ろうとしないんだ。

 管理人にドアを開けるように言ったんだが、母親の男が反社で何をするか分からないから、怖くて開けられないと言うんだ」


「警察と児相に影響力を持っている人を知っています。

 電話をかけて何とかしてもらいますから、少し待っていてください」

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