椎野④

「香織、聞いたよ。与田の奴、委員会でふざけた発言したんでしょ?」

 美咲が休み時間にわたしのもとにやってきて言った。

「ふざけたっていうほどじゃないけど」

「でも、変な空気になったらしいじゃん。明らかな悪ふざけじゃなかったところがかえってタチの悪いいたずらっぽかったって、教えてくれたコが話してたよ」

「まあ……」

「あいつ、私が『香織のぶんまでやるくらい頑張って』って頼んだとき、別に嫌がったりしなかったのに、どういうつもりだろ? 内心腹を立ててたって感じだけど、他に思い当たることある?」

「……いや」

「気に食わなかったんなら、そのときそう返せばいいのにね。とりあえず、一言文句を言っておくよ」

「あっ、いいよ。というか、言わないで。多分だけど、困らせてやろうみたいな悪い意図はなかったんだよ。頼まれた通りに積極的に行動してくれたんだからさ。わたし、さすがに学級委員をやるのは受け入れたし、与田くんと協力していくから、もう心配しないでくれて大丈夫だよ。ありがとね、いつも力になってくれて」

「本当に? 私のせいで迷惑なことになったから怒ってるんじゃないの? そうなら、はっきり口にしてくれていいんだよ」

「怒ってなんかないよ、本当に。美咲には助けてもらってばっかりなんだから、これで怒ったら超わがままだよ」

「ならいいけど。じゃあ、与田がまた何かやらかしたり、困ったことがあったら、変わらず教えてよ。今度は何かするにしても、もうちょっと慎重にやるしさ」

「うん。わかった」


 よく考えれば、いや、よく考えなくても、あの提案は推薦で学級委員になったわたしが恩恵を受けられるものなんだから、悪ふざけなんかじゃなくて、美咲からわたしが学級委員を嫌でへこんでいるという話を聞いて、純粋に考案して、初回だとか関係なく言ってくれたんだろう。

 おそらく与田くんは場の空気を読めないんじゃなくて、読む気がないんだ。いつもあんなに愛想がなくて無気力な態度でいれば、面と向かって悪口とかきついことをする人だっているはずで、それでも改めようとしないわけだから。

 つまり、うわべでいい顔をしたりしないだけで、そんなに悪い人じゃないんだろう。だから話せばきっとわかってくれる。

「与田くん」

 わたしは、周囲に誰もいないなか自分の席で本を読んでいる与田くんに近づいて、声をかけた。

「ん?」

「生徒会長の日高さん、いるでしょ?」

「うん」

「あの人、この前の代表委員会での与田くんの提案をあまり快く思わなかったみたいなの。それで、聞いたって日高さんには言わないでほしいんだけど、当面の間うちのクラスの学級委員はわたし中心で活動をしてほしいって要請されちゃってさ。だから、添橋さんにわたしが学級委員を嫌がってるからしっかりやってって頼まれたと思うし、勝手なことばかり言って本当に悪いんだけど、少しの期間おとなしくしてくれない? 日高さん、怒るとけっこう怖そうだし、今印象を悪化させると任期を終えるまでずっと大変になるかもしれないからさ。お願い」

 手を合わせ、気持ちを込めて頼んだ。

「うーん……」

 与田くんは不満そうながらもすぐに断ったりせず、どうしようか考える顔になった。

「わかったよ。少しの間ね」

「うん。ありがとう」

 よかった。本当にわかってくれた。ただ、そのぶん私がちゃんとやらなきゃいけなくなったってことでもあるけれど。

 それにしても与田くん、本音は嫌という感じで「少しの間」と念を押すように言ったってことは、美咲に頼まれなくても学級委員を精力的にやる気だったのか?

 そうなら、ほんと私の身勝手であーだこーだ言われてうっとうしいだろうし、悪いことしちゃってるよな。

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