椎野③
わたしは与田くんにあんな提案をした真意を訊くことができず、代表委員会から数日間、モヤモヤした気持ちで過ごした。
そこへ、昼休みに、指定した教室に学級委員を呼びだす放送が生徒会役員からあった。
「そういうことで、次回の委員会までに、各クラスでいじめの防止策について話し合って、意見を用意しておいてください」
普通の並び方の机の椅子に座っているわたしたち学級委員に向かって、教卓のところで立ってしゃべっている日高さんは言った。
生徒会でいじめ防止の取り組みを行うことを決め、だから個々の生徒の意識を高めるためにも、クラスでいじめの具体的な対策を話し合って案を出してほしいということだが、違和感がある。数日前の代表委員会のときにすればよかった話だし、その後に決定したのなら、次回の委員会で言って、さらに次の委員会までに、というのでよさそうなものだ。次回の委員会までかなりあるからとの言い分ならわからなくはないものの、わずか数日の間に、その取り組みをやると決め、わたしたちに伝えて仕事をさせてと、急いでいる雰囲気がどうにも引っかかる。
与田くんのあの提案のせいじゃないだろうか。ちょっとふざけた感じが生徒会役員たちも気になっただろうし、特にあのときの日高さんの表情にはそれがにじみでていた。
自分が該当する学級委員が得をする提案をするくらいだから、放っておいたら次は何を言いだすかわかったものじゃない、だから生徒会活動や代表委員会は真面目な議論をする場だと、与田くんのみならず学級委員全員に釘を刺そう、みたいになった気がする。
「では、よろしくお願いします。今日は以上です」
日高さんはそう締めくくって頭を下げた。
周りの学級委員が次々席を立ち、今の日高さんの話に対して何の感想もなさそうな顔だった与田くんも同じように教室を後にした。
せっかくそばにいたんだから、少しでも言葉を交わせばよかった。わたしたちは学級委員になる前と変わらずほとんど会話をしていない。数日前の発言の意図が気になるけれど、それ以前に一緒に学級委員をやっていくうえで、そろそろちゃんとコミュニケーションをとったほうがいいだろう。
だけど、クラスで話し合いをやらなきゃいけないのが気が重いな。
他の学級委員の大半が出ていってドアがすいたのを見計らい、わたしも腰を上げて自分のクラスに戻るために歩きだした。
「ねえ」
背後から誰かに呼び止められた。声でもわかったが、振り返るとそれは日高さんだった。
「ちょっといい?」
「……はい」
何だろう? なんとなく予想はつくけれど。
手招きされて、教室の窓側の前の隅のほうへ移動すると、日高さんは優しい表情でしゃべりだした。
「椎野さん、だよね? よろしくね」
「あ、はい。こちらこそよろしく」
「訊きたいんだけど、椎野さんのクラスの男子、与田くん? この前の委員会でした提案、椎野さんはあれを言うって知ってたの?」
「いいえ、まったく」
やっぱりその話か。共犯じゃないですという感じで、わたしは必要以上に激しく首を横に振ってしまった。
「あれ、ちょっとどうかなって思わなかった? ユニークで面白いとは思うよ。でもさ」
「はあ……」
「あのとき言ったように、学級委員の人たちにはどんどん発言してもらいたいと思ってるから、喜ばしくもあったけど、初めにああいう調子でいっちゃうと、他のコも影響を受けて、権利の主張だらけになったり、提案の奇抜さを競い合うような事態になったりしかねないんじゃないかと思ってさ。心配し過ぎかもしれないけれど、私も生徒会長になったばかりだし、代表委員会がおかしな方向に進まないようにしておきたいんだ。わかってくれるよね?」
「はい」
その言葉には共感というか納得できて、わたしは素直にうなずいた。
「だから、少なくとも代表委員会は真面目に活動するところだっていう当たり前の感覚が浸透するまで、与田くんが突拍子もないことをしないように、椎野さんが主導権を握って仕事をしてもらいたいんだけど、いいかな?」
「え……」
「大丈夫だよね? 椎野さん、すごくしっかりした優秀な人だって聞いたよ。それでこうしてお願いすることにしたんだ」
しっかりしていると聞いた? 誰に? 本当にそんなことを言った人がいるのか、それとも、従順な奴とでも耳にして、その気にさせるためのお世辞かな?
日高さんはまた優しい表情を浮かべ、わたしの返事を待った。
「……はい。わかりました」
嫌です、なんて口にできる流れじゃなかった。それに、おそらく今は私の気を損ねないように穏やかにしているが、日高さんは怒らせたら怖そうだし、生徒会長を敵に回すような状況にはなりたくない。
「ありがとう。じゃあ、よろしくね」
申し訳ないといった身振りをしつつも、満足そうな様子で日高さんは離れていった。
しかし、明確に問題を起こしたわけでもないのに他の委員の活動を妨げるような依頼をするなんて善くないでしょ。まあ、気持ちはわからなくはないけれど。
それよりも、あーあ。
わたしが学級委員をやるのが不安だから与田くんにリードしてもらいたかったのに、真逆の状態にしなきゃならなくなっちゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます