第12話 私が体で払ってあげるわ


絡んできた男の人は6人。

酒瓶片手によたよたと、堤防を歩いてきた。


腰にこれ見よがしな剣を下げた者もいれば、使い込まれた杖を持つ者もいる。

日頃から組んでいる、パーティー仲間といった所かもしれない。


6人以外に、女の人が2人。

男の人に肩を抱かれて、しなを作っていた。


こちらは目のやり場に困る服装をしていて、冒険者ではなく街の娼婦だと思う。

ぼくの隣りに座るお師さまが、あからさまな溜息をつく。


心底、面倒くさいって感じだった。

お師さまの冷ややかな視線も構わずに、先頭の剣士がニタニタと笑う。


「岬さま~、いつくんだよ~。

こっちは昼から担ぎ出されて、一日中待ちくたびれモンだぜえ。

なあ、まさかここまで待たせといて、何もねえって訳じゃねえよなあ。


待ってるだけじゃな、金は出ねえんだよっ。

分かってんの、そこんとこ?

あんた代わりに出してくれんですか、岬さんよ~」


「おい、もうそこら辺にしとけって」


杖を持つ男が、剣士の肩に手をかける。

こっちの男は、絡むつもりは無いみたい。

剣士は肩に掛かる手を荒々しく払いのけると、芯の傾いた体を反らせて、お師さまを指差す。


「うっせえなコノヤロウっ。

あのなあこういう事は、誰かが言わなきゃならねえだろうがあ。

皆の声をなあ。

それをこの俺が、言ってやろうってんじゃねえかっ」


男はタガの外れたデカイ声を張り上げる。

いつのまにか港のお祭り騒ぎが静まり返っていた。

どうやらこちらの言い争いに、聞き耳を立てているようだった。


港から堤防の先っぽはけっこう離れている。

だけどハンターギルドに所属するような獣人れんちゅうは、職業柄おのおの工夫を凝らして聴覚を鍛えていた。

そしてこの絡んでくる剣士は、それを分かって大声を張り上げているんだ。


ぼくはそれに気づいて、顔をしかめる。

つまり剣士こいつはギルドの中で自分の名を売るために、お師さまをダシにしてる。

ぼくはそう判断して、ぶわりと尻尾の毛が逆立った。


男は20代そこそこ。

駆け出しではないけれどベテランでもない。

自己顕示欲が強く酒の力も相まって、周りのギルド連中に「俺の凄さ」を見せつけたいんだろう。

岬の魔女にも臆せず、堂々とモノ言う「俺様」って奴だ。


お師さまを、侮辱する奴は許せない。

ぼくが我慢できなくて立ち上ろうとしたとき、お師さまの手がぼくの頭に乗せられた。


「ナナオ、目的を忘れないで。

あなたは海を見ていてね」


「お師さまー」すりすり


その優しい手に思わず、獣の本能で頭をこすり付けてしまう、ぼくでした。

ぼくの代わりにお師さまがゆらりと立つ。


ついでにフーリーさんも、ふらりと立った。

ぼくだけが、騒動に背を向けて海を見つめる。


けれどぼくの獣耳は滅茶苦茶パタパタしていた。

だって後ろが気になるんだもの。


お師さまは剣士の前に立ち、ふんと鼻を鳴らした。

男が喉の奥で唸る。

お師さまが続きを促すと、男は酒臭い息を吐いた。

うっわ、こっちにまで臭ってきた。


「あんま調子に、乗ってんじゃねえってなあ。

皆、思っとるんですよ~。

スタンピードだあ?

そんなもん来るかバカヤロウってさあ。


俺らギルドのもんが、この街を守ってんだ。

分かってんのかあ。

俺らがビッとしてる限り、この街にスタンピードは起こさせねえよ。

つまらねえガセネタ、振り撒きやがって。

この落とし前どう付けんだあ、なあ岬さんよ~っ」


女の肩を抱いていた男が、突然高笑いする。


「きゃはははははは、スタンピードだあ?

そんなん亀が浜にあがって、卵でも産むんじゃねえの?

ぽこぽこってよおっ。

そんで俺たちが、寄ってたかって亀を殺すのかよ?

そんなもんに駆り出すなっ、馬鹿じゃねぇのっ?」


再び剣士がお師さまに凄む。


「なあ、どうすんだこれ?

俺らすげー、迷惑してんだよ?」


大人しく聞いていたお師さまが、ふっと笑った。


「そうね、さっき金が出ないって言ってたわね。

う~ん、そうだなあ。

じゃあそれ、私が体で払ってあげるわ」


「は?」


突然の申し出に剣士はあっけに取られて、口が半開きになってるみたい。

あーだめだ、後ろが気になる、やっぱりー!

ぼくがちらりと振り向いたとき、ちょうどお師さまの渾身の右フックが男の顎先へ炸裂した。


ガゴンッ

「ほげえっ」


剣士は汚い悲鳴を上げて、堤防から海へ落っこちた。

お師さまが手首をぶらぶらさせながら、堤防の下を覗いてる。


「どうかしら、上手く体で払えたかしら?

あなたが来てくれて丁度良かったわあ。

教会の連中のせいで、ムカムカしていた所だったの」


「コノヤロウッ」「テメエッ」


仲間がやられて、残りの男たちが殺気立った。

その男たちの前へ、腰の剣に手を当てたフーリーさんが、スッと立ち塞がる。

お師さまは下を覗き込みながら、フーリーさんに声をかけた。


「フーリー殺しはなしよ。

酒での喧嘩けんからしく拳でいきましょ」


「承知した」


「あと、そこの杖を持つ男。

出来れば参加しないでくれる?

後で仲間の介抱が、大変だと思うから。

それと、そこの女たち!」


いきなり話を振られて、娼婦たちの獣耳がピンと立った。

お師さまは姿勢を戻して、女たちへ顔を向ける。


「今からでも遅くない、山へ逃げなさい。

スタンピードはきっと来る。

間抜けな客に付き合って、死ぬことはないでしょ?」


女たちは頬っぺたを赤くして、こくこくとうなずいていた。

自分よりもデカイ男を一発で沈め、きりりと微笑むお師さまに、心を持って行かれたようだった。

ぼくの心も持って行かれてる。


「お師さまかっこいい!」


冒険者たちに火がついて、怒声が堤防に響き渡たった。

それはもう6対2の喧嘩じゃなかった。

仲間がやられたとあって、港の方から次々に男たちが駆けてくる。

堤防の幅が狭いために、堤防の上は寿司づめ状態になっていた。


「こらあてめえ!」と我先にと押しのけあい、なぜか冒険者同士でも喧嘩が始まっていた。

みんな酒が入って殺気だっている。


お師さまとフーリーさんがそんな冒険者たちの前に立ち塞がり、襲い掛かる男たちを、思い切りぶん殴っては海に落としていた。


ぼくはそれを見て驚き、眼をキラキラさせてしまう。

さすがお師さまとフーリーさん!だと、トキメキが止まらない。


「お師さまは、魔法職なのにー!」


ぼくは興奮して2人の活躍を応援する。

ぼくは応援に夢中になって気付かなかったけれど、そんなぼくの後ろで、海面の気脈が大きく変化し始めていた――





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