第11話 あ、ごめんっ、これ朝履いていたパンツだ


ぼくは誓う。

こんな自分を信じてくれた、乳のために決して変化を見逃さないと――


目を凝らして海原を見れば、ぼくの金の瞳が妖しい艶を放つ。

妖狐の眼だ。

これを人に向けて強く念じれば、相手の意識に干渉することもできる。


チャーム魔法に似た効果を持ってる。

これも化け狐、妖狐と呼ばれる力の一端だった。


けれどぼくは神さまに誓って、一回もお師さまとフーリーさんに使った事はない。

大恩ある2人に、ぼくは心底なついているから。くぅ~ん

仮に使ったとしても、どうせ魔導士の2人には効果を弾かれると思う。


お師さまとフーリーさんから、妖力など使わずに向けられる「信頼」は、ぼくにとってかけがえのないものだった。

この世界にきてから得た、確かなものの一つだった。

だからそれを裏切る行為は絶対にしない。


そうなんだよなあ。

思えばヒノモトでのぼくの暮らしは、信じていたものが次々と離れて行って、酒に溺れてしがみつく毎日で――きゅ~ん


「どうしたのナナオ、鼻をすすって? 

目も赤くなっているわ」


「……潮風が、目に染みてしまいました」

「ほら、これで鼻をかんで」


お師さまが、ぼくの鼻にボロ布を当てがってくれる。

これは何の布なのだろうと思いながら、鼻をチーンっ。


「えへへ、ありがとうございます」

「あ、ごめんっ、これ朝履いていたパンツだ」


「は?」


さあ、気持ちを切り替えてー!

ぼくは夜の闇に溶け込み始める、海を見つめた。

だけどぼくの頑張りも虚しく、その時はやってこない。


日没からどれほど経ったのだろう。

月の位置からすれば、もう真夜中を回っているはず。

くるはずのモノが来ない。

ぼくの顔は、剝製はくせいにされた狐のように固まっていた。


この場合、今回の言い出しっぺの心境はいかほどのものでしょうか?

ぼくの中で、分単位で居たたまれなさが増していく。


これだけデカイ話になっておいて、何も起こらなかったじゃ済まされない。

積極的に伝え回ってくれた、お師さまの面目が丸つぶれだ。


ぼくの胃がきゅうっとして来て、しくしくと痛む。

ぼくは狐のはずだけれど、すっかり追い立てられるねずみの気分だった。


防波堤からちらりと後ろを見てみる。

すると人目をはばかり控え目だった冒険者たちの酒盛りが、今じゃタガの外れた大宴会となっていた。

ヤジ馬だった一般獣人も、一緒になって飲んでいる。


いつの間にやら屋台が立ち、踊り子が舞って、女の人の嬌声が響く。

なまじ観光地なだけに住民のサービス精神が高かった。

隙あらば盛り上げてしまうのでした。


危機なはずの夜が、お祭りみたいに賑わっている。

ノリの良い観光地の悪いクセが出ていて、完全に「スタンピード? 何それ馬鹿じゃねぇの」状態だった。

ぼくは顔を紙のように白くして、心の中で叫ぶ。


(ぼくガゼネタ掴まされたの!?

あのギザ歯の女っ、ぼくを子供だと思ってからかったの!?

ガゼネタを掴んで青くなっているぼくを、どこかで眺めて楽しんでるんじゃないのー!?


あの酒盛りに紛れて、ジョッキ片手にぼくをツマミにとかしてさっ。

くそうっ、どうしよう!? 

ごめんなさいお師さまっ、どうすれば!?

うぐぐぐぐぐっ……)


「きゅ、きゅ~ん……」


思わず不安な鳴き声が、口から漏れてしまった。

それを聞いたお師さまがぼくを撫でたあと、弟子の無様に丸まった尻尾の根元をグッと掴んだ。


「ナナオ」ぎゅうううっ

「はうわっ」びくんっ


「いいナナオ?

夜はね、朝が来るまでは夜なの。

それとね。

凶事ってものは、こっちが構えている時は来ないものだよ。


ねえ……ナナオが、スタンピードだったらどうする?

これから襲うってときに、相手が身構えてたら」


「えっとえっと、あっ。

ぼくなら時間をずらすかもです」


「そうでしょ?

相手が待って待って、待ちくたびれて油断した所を、ガッて襲いたいよね」


「えっ、お師さまそれじゃ、向こうはこちらの様子を伺っているんですか!?」


「まだ分からない。

スタンピードって言っても、低級から上級まで色々とあるから。

そこら辺は来てみないと、どの程度なのかは――」


「あんれ~? 

そこに居ますのは、スタンピードとかくっだらねえ事を申された、

岬の魔女さまですかあ~?」


振り返ると、そこには数人の冒険者が立っていた。

どうやらスタンピードがくる前に、しびれを切らした酔っぱらいが絡んできたみたい。


そんな中で、凶事が水底でじわりと――


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