第2章

第10話 七緒少年はマジで頑張ろうと思った


黄金の夕陽が西の山々にかかって、日が暮れかけていた。


薄闇の中でぼくはイヨール湾から突き出る堤防に立って、辺りをきょろきょろと見回す。

隣で堤防に腰掛けるフーリーさんが、ちらりとぼくを見た。


「どうしたナナオ、落ち着きがないな」

「いえあの、えっと……」


だって初めてのスタンピードですよ?

落ち着くなんて無理だって。

それもそうだけど、ぼくがソワソワするのはそれだけじゃない。

首を傾げてフーリーさんに尋ねる。


「あの……これから魔物が、集団で押し寄せてくるんですよね?

それなのに、何んだか皆さんだらけてませんか?」


皆さんと言うのは教会直属の僧兵と、ハンターギルドの冒険者たちのこと。

フーリーさんも首をひねり、肩越しに周りを眺める。


教会から駆り出された男たちは、ろくな陣形も敷かずにおのおのくつろいでいた。

男たちは飯を食い、陽気な声を上げる。


夕食時なのだから食べるのは分かる。

だけど手に酒瓶を持っているのは、なぜなのでしょうか?

酔っぱらったまま、スタンピードを迎える気なの?


酒は己の身を持ち崩す毒液。

ぼくはヒノモト時代の後悔もあって、二度と飲むもんかと心に決めている。

今のところ断酒は上手く行っていた。


だからこそ、目の前で飲む輩たちに腹が立ってくる。

ぼくはそう言った個人的な怒りも含めて、すっごい気になるけれど、フーリーさんは何とも思わないみたい。


「これで良いんでしょうか?」


「気にするな。

ギルドの荒くれどもは、普段からあんなものだ。

ただ教会より出された僧兵が少なすぎる。

冒険者たちの、お目付け役程度にしか配置されていない。

教会の連中は乗り気ではないのだろう」


「え!? 

乗り気じゃないって、これから街が襲われるんですよ!?」


ぼくにはちょっと意味が分からない。

それと更に困惑することがある。


僧兵でも冒険者でもない一般の獣人たちが、ヤジ馬として港に群がっているんですけど?

一応は僧兵や冒険者たちの邪魔にならないように、後方にいるけれど、じりじりと前に出てきている。


「何で一般の人たちを、避難させないんですか?

凄く危ないと思うんですけど!?

朝にお師さまが教会へ報告したのだから、幾らでも逃げる時間はあったはずですよね。

皆に声をかけて山へ逃げれたのに、なんで!?」


それなのに何の注意喚起ちゅういかんきもなく、夕刻になってしまった。

恐らく街の獣人たちのほとんどが、今夜のスタンピード自体を知らない。


そんな事があって良いのかと、ぼくは困惑する。

フーリーさんは、隣に座ってフーリーさんの袖を引っ張るぼくを見つめた。


「そうだな……多分だが、街の商工組合が反対した」

「何でです!?」


「この街は周辺の貿易の要であり、観光の名所でもある。

街の者全てを避難させると言うことは、街の機能が完全にマヒすると言うことだ。

おおかた商工組合がマヒした際の巨額の損失を嫌って、人々の避難に強く反対したのだろう」


「そんなのおかしいですよっ。

スタンピードで多くの犠牲がでて、街が滅茶苦茶になったら、1日の損失どころじゃ済まないですよ!?

何でですかっ、意味が分かんない!?」


ぼくの言うことはもっともだと、フーリーさんは頷く。

そして小さくため息をつき、ポツリと言った。


「ナナオ……この街では、55年間スタンピードが起きていないのだ」

「え!?」


「これは運が良かったからではない。

山間、沿岸に目を光らせて、事前にその気配を察知し、僧兵や冒険者たちが魔獣や魔物を間引きしてきたからだ。


教会やハンターギルドには街を守ってきた自負があるし、その実績もある。

もし今夜、本当にスタンピードがあるならば、当然彼らが事前に察知して間引いていたはずだ。

だが彼らは、誰も察知できていない。


これでは暗に教会やハンターギルドの目が、フシ穴と言われたのも同然ではないか。

それは自負心ある彼らにとって、受け入れ難いものがある」


「えっと……それはつまり、今夜スタンピードが起こる事を、誰も信じていない!?」


ぼくの問いにフーリーさんは頷く。


「その知らせを伝えたのは、名ばかりの岬の修道院長なのだ。

そんな言葉で動かされるのは、彼らにとって恥なのだろう。

我があるじ(お師さまの事)の面子を重んじて、一応の体裁はとってはいるが……」


フーリーさんは、もう一度辺りを見て首をふる。


「この体たらくだ」

「そんなっ……」


ぼくは愕然として下唇を噛んだ。

しばらくうつむいて動けない。

どうなっちゃうの今夜!?

そんな動揺するぼくの狐耳が、ぷりぷりとしたお師さまの声を捉えた。


「あーもー無理っ、教会の奴らって本当にムカつくっ。

僧兵をもっと出せと言っても、のらりくらり何だものっ」


ぼくが振り向くと、お師さまが黒いローブをはためかせて、堤防を歩いてくる。

ぶつぶつ文句を言いながら、ぼくの隣にすとんと腰を下した。

ぼくはお師さまとフーリーさんに、挟まれた格好になる。


「まったく商工会も、業突くのジジイばかりだわっ」


ぼくはお師さまの横顔を、申し訳なさそうな目で見つめ、また俯いてしまう。


「お師さまは……」

「ん、なあに?」


「ぼくの言った事を、どうしてそんなに信じてくれるのですか?」


ぼくの言った言葉で、お師さまが街の人々に馬鹿にされる。

そんな事になっていたなんて、ぼくは申し訳なくて消え入りたくなってしまう。


どうしたのこの子?と、お師さまがフーリーさんに首を傾げると、フーリーさんが手短に話した。

それを聞き、お師さまはぼくの膝小僧に手を乗せる。


「なに? ナナオは私に噓をついたの?」

「そんな噓じゃないですっ、本当の事ですっ」


「そうよね……ナナオが私に、噓をつく理由がないもの」


お師さまは、ぼくの肩をグイッと抱き寄せる。

ぼくの顔が、丁度お師さまの胸に埋もれた。


「いいナナオ、良く聞いてね。

教会やハンターギルドが、スタンピードを察知できなかったのは何か理由がある。

とにかくナナオは、気脈が見えるんでしょ?

だから海の気脈が少しでも乱れたら、直ぐに教えて」


「お師さまっ」


ぼくはお師さまの信頼が嬉しくて、グイグイ抱きついてしまう。

そんなぼくたちを見てフーリーさんも、ぼくにくっつき胸を押し当ててくる。


これが赤ちゃんの頃から、2人がぼくにしてくれる励まし方だった。

良いんですかそれって思うけど、「男なんて大概これで治る」とお師さま豪語していた。

お師さまの従者であるフーリーさんも、戦場ではこれが一番早いと言い切る。


「ナナオ、私もお前を信じている」


ぼくはお二方の胸のために、マジで頑張ろうと思った。

マジでっ!


「はいっ、お師さま、フーリーさん!」




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