婚約者しか勝たん♡
「……っ、あっ、へっ、へええ〜!あ、すっ、すごいですねぇ!さすが殿下!」
ドレイトンは人の心がわかる。
そう告げられて、バルバラはわかりやすく目が泳いだ。動揺とかいうレベルではない。
「バル、わかるよ。びっくりするよね」
「はぁ〜っ!やっぱり殿下ともなればレベルが違うんですね〜ッ!」
「バル」
「あ、そっ、尊敬してしまうな〜ッ!へ、へ〜!大したもんだなぁ!」
「バル落ち着いて!」
彼女は混乱して頭が真っ白になった。真っ白になってイシシとノシシレベルの語彙力になってしまう。
人の心がわかるということは……
バルバラが心の中で
(オメーのアドバイスなんか役に立たなかったわ!おかげで毎日乳母に怒られるしよぉ!ペッ!)
と吐き捨てたことも
(ビョルン・アンドレセンみたいに綺麗だな〜ってことはおじいちゃんになったら崖から突き落とされるのかな。崖から落ちる殿下(笑)フライドレイトン(笑))
と心の中で笑ったことも
彼が真剣に話している時に
(ミスドのフレンチクルーラー食べたい。フレンチクルーラーが食べられないのしんどい。異世界転生してフレンチクルーラーが食べられなくて困ってます!異世界転生してフレンチ……あ待って左耳がめちゃくちゃかゆい)
と全然話を聞いていなかったことも
全部全部バレていたということ……!
不敬とかいうレベルじゃない。なんてこと、ここにきて死亡フラグ?処刑フラグが立ってしまった……
バルバラは絶望し、頭の藤の花は塩をかけられた青菜のようになっている。
「たい……たいへん、申し訳ありませんでした……まことに……さまざまなことを……」
とカサカサの声で謝罪をした。
「ぷ、ふふふふふ……」
「へ?」
「くっ、あははははは!」
ドレイトンはカラッとした笑い声をあげる。
いつものお上品な笑みではなく、普通の男の子みたいな笑い方だった。
そんな彼の姿は見たことがなくて、バルバラはドキドキ混乱した。
「?あ、え?なん、え?」
「くふふふふ……はー面白い……」
彼は目尻を指でぬぐった。笑いすぎて涙目になっていたらしい。
彼女は状況が理解できなくて目を白黒させていると、ドレイトンは声を整えるために咳をした。
「違うよ、ごめんね」
「え?」
「謝らせたくて打ち明けたわけじゃないんだ」
「……えと」
「ぶっ、ねえそのキョトン顔やめてよ、ふふふふふ、本当、ふぶっ」
バルバラの表情がツボに入ったみたいで、彼はいちいち思い出し笑いをして話が進まない。
「も、もう、なんですか殿下」
彼女は少しムっとして頬を膨らませる。
「あのね、心がわかるって言うのはね、相手が思っていることを全て理解することではないんだ」
「へ?というと……」
「なんとなく『あーこの人嘘ついてるな』とか『僕に敵意があるな』とか『好意があるな』とかそのくらい。気配って言った方が近いかもしれないね」
「ああ、なるほど……」
バルバラはホッとした。それが本当であれば、しょうもない想像の細部はバレていないからだ。
「ふ、だから、あからさまに安心しないでよ。そういうのはわかるんだから」
「あ、そうか。じゃない、申し訳ありません!」
ドレイトンは「バルは仕方がないな」と言って目尻を下げる。バルバラは変に気恥ずかしくなってしまった。
「君は昔からわかりやすかったよ」
「えっ」
「えっ、て……本当にあれで隠してるつもりだったの?」
「え?いや、まあ、はい。殿下の前ですし……」
「全部顔に出てたよ。あれじゃあ普通の人にも伝わってるよ」
「え、嘘っ!」
「嘘ついてるときも、人の話を聞いてないときもわかりやすく顔に出てたよ。心を読まなくても頭の花の状態でも理解できたしね」
「うわ!!」
バルバラはバ!と頭を手で隠した。花を見せないようにしたのだ。
「もう遅いって」
「わーごめんなさいごめんなさい!申し訳ございません!(処刑しないでください)」
「ふふ、だから謝って欲しくて言ったわけじゃないんだよ」
「あ、そういえば……え、どうしてですか……」
ドレイトンは少しだけ恥ずかしそうに目を伏せる。向かいに座っている彼の長いまつ毛が、夕日に照らされてきらめいた。
「その、君になら……話しても良いかなって思ったんだ。人の心がわかることを」
「……」
「……僕の周りは嘘つきばっかりなんだよ。王太子の立場的に仕方ないことなのはわかる。下手なことを言えば不敬罪になるからね。でも、おべっかを使うのに僕のことを嫌っている人や、王太子という肩書きや容姿しか見ていない人たちと関わり続けるのは、やはり……少し……」
「ストレス?」
「……はは、そうだね……子供の頃からだから気疲れしてしまったのかもしれない……本人の振る舞いと心の中が違う人をたくさん見てきた。でも君は……なんていうか……素直だ。とても。君は隠しているつもりなのかもしれないけど、嫌だと思えば顔に出るし、あまり取り繕わないし、それがすごく羨ましいと思ったんだよ」
「ま、まあ昔から素直なことだけが取り柄でしたから」
「ふふ、そうだね」
照れ臭そうに鼻の下をこするバルバラを見てドレイトンは笑う。(王太子の前で謙遜しないのすごいな)と思ったのだ。
彼はバルバラの手に自分の手を重ねた。
「ッ、で、殿下」
「僕が秘密を打ち明けたのはね……国のためだけではなくて、君ときちんと夫婦になりたいんだ」
「は、あ、えと」
乙女殺しの瞳に撃ち抜かれてバルバラはゆでダコになった。「あ」とか「う」くらいしか言えなくなる。
「こんな僕を受け入れてほしい」
ドレイトンの瞳が揺れた。真剣な眼差しだが、少しの不安も見えた。
誰にも言えない秘密がある辛さはバルバラには痛いほどわかる。王太子という立場から、他人に弱みを見せることもできない。
周りにたくさん人はいるのにずっとひとりぼっちのような気分だったはずだ。ドレイトンはきっと寂しくて心細かっただろう。
バルバラは彼の手に優しく触れた。
「も、もちろんです殿下。わたくしでよろしければ」
それを聞いたドレイトンはパッと顔を明るくして、それからへにゃりと笑った。緊張が解けたようだった。
「あは、なんだかドキドキするね。こういうの慣れてなくて」
「殿下でもそのようなことがあるんですね」
「心が読めてもうまくできないことばかりだよ」
「そんなことは……殿下は心も読めるし聡明でお優しいです」
「それは本心?」
「読んでみてください」
「あはは」
ドレイトンは何かを思い出したようにハッとした顔をする。
「ていうか、さっき僕が『細かい部分までは心は読めない』って言ったときにホッとしてたでしょ何考えてたの?教えてよ」
「えっいや、それはちょっと」
「ム、不敬なこと考えてたんだ」
「決してそんなことは……!」
「花びらが閉じてるよ。後ろめたいことがあるときそうなるよね」
「ぎゃー!すみません見ないで!」
バルバラは焦って垂れ下がる花を隠す。ドレイトンはそれを見てクスクス笑った。
「からかったんですか」
「まあ、レディの秘密を暴くようなことはしないよ」
「ひどい」
「隠し事をするのがいけない」
「それはそうですけど」
「ふふふ……でも、いつか話せる日が来たら話してね」
無理やり聞き出そうと思えばできるのに、ドレイトンはそれをしない。バルバラは彼のささやかな優しさに気づいて、またときめいたのだった。
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