婚約者と揉めて断罪されるまで
ヒロインをスルーする
季節は過ぎて、バルバラは16歳になった。王都の魔法学校に入学して1年経つ。
「ご覧になって、王太子殿下よ」
「なんて麗しいの」
「バルバラ様もいらっしゃる」
「あたくし、藤の花の髪飾りをお父様に買ってもらったのよ」
「まあ素敵」
魔法学校の中庭。羨望の中心にドレイトン率いる生徒会のメンバーはいた。中庭で優雅に会話をする彼らの姿はまさに宝石箱のようである。
彼らは美しく成長した。シナリオがわからないため先行きは不明だったが、メインキャラクターっぽい人物はわかりやすかった。
男性は背が高い美男が多く、それぞれ顔の系統が違って個性があった。制服も個性的な着こなしだ。メインキャラクターは成績上位者や位の高い者が多く、だいたい生徒会に入ってくるからわかりやすい。
アダンは姉と一緒になりたくなくて生徒会には入らなかった。(当たり前)
女性は個性的な人物は少なかった。乙女ゲームなので女性キャラクターが少ないのは当然だ。だから、本編のヒロインはすぐにわかった。
「きゃ」
少女が転び、待っていた教科書が廊下にばら撒かれた。
「あら失礼、わざとじゃないのよ」
「そ、そんな」
「なあに、その目は。わたくし達がわざとやったとでも言いたいの?」
「ヒ、ヒロインだ……!」
素朴だが美しいとわかる少女が、ご令嬢達にこれ見よがしにコロコロいじめられている。
つまりヒロインである。
魔力の強い平民が特別に編入してくると聞いていたが、おそらくそのアナウンスがなくても彼女がヒロインだということはわかっただろう。
このわたくしがヒロインでござい!って顔してるし。
「どうしようかな〜」
バルバラは悩んでいた。
ヒロインを助けるか助けまいか。
悪役令嬢にとってヒロインとの関わりは最大の難所である。関わり方によって今後の命運が左右される。
しかし無闇に優しくすれば良いというものでもない。
ヒロインが転生者である可能性も捨てきれず、その場合はたいてい敵対関係となる。相手と命(タマ)のやりとりに発展するケースも多い。シナリオを把握していないバルバラは劣勢になる。
彼女を助け「平民のわたしにも優しくしてくださるなんて、バルバラ様はなんて素敵なの……」路線を目指すか、しばらく相手の出方を見るか……
「君たち、何をしているんだ」
刃物をスッと差し込んだような声に、令嬢達の動きが止まった。
「ド、ドレイトン王太子!」
声の主は麗しの王太子。
「殿下、これは、その」
「こういったことはあまり関心はしないな」
「違いますわ、えと、その、教科書を落としてしまったようなので、わたくしたちは拾ってあげようと思って……」
アタフタ言い訳をする令嬢達の目を、彼はジッと見た。薔薇のような美少年の真顔は迫力があり、全てを見透かすような瞳に何も言えなくなってしまう。
「それで?」
「あ、し、失礼いたしました」
「失礼しますわ」
「ごきげんようっ」
令嬢達はそそくさと去っていった。ドレイトンは彼女達の後ろ姿を眺めながら「せめて拾うふりでもしたら良いのに」とため息をつく。
彼はヒロインの教科書を拾い、目の前で四つん這いになってる彼女に「大丈夫?」と手を差し出した。
乙女をとろかす甘い微笑みに、エマはその格好のまま固まっていた。
「大丈夫?」
「…………ハッ、あっ、あっ、その、すみません!助けてくださり!じゃなくてっ、あ、えと、挨拶だ、あの、エマです、エマ・ソーヤーと申します!」
ワタワタしながら立ち上がり、焦ってぎこちないカーテシーをする。
長い栗色の髪にタレ目がちな目、あどけない表情は思わず抱きしめたくなるような愛くるしさ。彼女はまさしくヒロインだった。
「この度は、王太子殿下に謁見たまわれり、たまわられる?じゃない?おめめ、お目にかかれて、こ、こここ光栄ですっ」
「大丈夫だよ、落ち着いて」
「すみませ……」
ドレイトンに宥められ、エマの白い肌は真っ赤になった。
映画の冒頭のようなやりとり。アニメならこのあとOPが流れて本編が始まりそうだ。
バルバラは影から2人を眺めてごくりと生唾を飲み込んだ。自分を賢いと思っている柴犬と同じ顔をして
「ついに……始まるんだ……」
と、シリアスな声でつぶやいた。
正ヒロインが入学し役者は揃った。
バルバラ・グリシーヌは原作軸を乗り切ることができるのだろうか。
そして、このシナリオに悪役令嬢の破滅エンドはあるのか。
エマは転生者なのか。
明日やろう明日やろうと思って先延ばしにしたせいで、魔法の勉強はマジメにしていないが大丈夫なのか。
ハンサムなナイスガイに目をつけられて困ってますと言える日は来るのか。
「また俺なんかやっちゃいました?」と言える日は来るのだろうか。
婚約者と揉めて断罪編、スタート!
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