毒ヘビの川の上を歩かせる








「このイスの上を渡りきったら許してあげる」


アダンがバルバラのサボりを乳母にちくった次の日、彼女の部屋に呼び出された。烈火の如く怒られると思いきや、意外にも姉は落ち着いていた。


部屋には10脚のスツールが一直線に並べられ、ていた。


「この椅子に上に立って、端から端まで渡りきったらチクったことはゆるしてあげる」


椅子同士はピッタリくっついていて、隙間はない。この上を渡るのはアダンにとって難しいことではなく、むしろ楽しそうに思えた。


「こ、こわいことしませんか……?」

「しないしない!別にただの遊びだよ」


今日は姉の機嫌がたまたま良い日で自分と遊んでくれるのだろう。アダンはそう解釈した。


靴を脱いで椅子の上に登る。背の低いスツールだったが、座面の上に立つと意外と高く感じた。足を踏み出して隣の椅子の上に移動しようと思ったら


「待った!これつけて!」


顔に手をかけられたと思ったら視界が暗くなる。バルバラに布で目隠しをされたのだ。


「おねえさま?」

「目隠しして渡り切ったらクリアね!外しちゃダメだよ!」


視界が閉ざされた途端、急に体のバランスが取りにくくなった。背もたれはないため、アダンはしゃがんでスツールの座面に手をつく。雲行きが怪しくなってきた。


「手をつくのはだめ!立って渡って!」


小さい体をぷるぷる震わせながら、ゆっくり立ち上がる。次の椅子があるであろう場所に足を伸ばした。座面のつるつるした感覚が足に伝わり安堵する。


目隠しをしたまままっすぐ歩くのは大人にとっても難しいことなのだが、彼はそのことを知らない。

 

次の一歩を踏み出そうとすると小さく「シャーー」「ガラガラガラ」という音が聞こえた。微かな音だが、目隠しのせいで耳が敏感になっているのだ。


「お、おねえさま、なんか、なにかいます……ッ」

「ああヘビだよ」

「ヘビ!?」

「お庭で毒ヘビをたくさん捕まえたの。噛まれたら死んじゃうから落ちないように気をつけてね」

「えっ、えっ、え、え」

「がんばれ〜!」


落ちたら死ぬ。

そんなことを言われて普通に渡れるはずがない。楽しい遊びが一瞬でデスゲームにかわったのだ。

床には毒ヘビ。椅子からは降りれない。目隠しは外すなと言われた。椅子に手をつくのはダメだ。どうしようどうしようと焦っている間にも「シャーーーーッ」と蛇の威嚇する鳴き声が聞こえた。


アダンはスツールの脚に絡みつく黒いヘビを想像した。チロチロ舌を出しながら赤い目をこちらに向けている。おびただしい数の黒いヘビだ。


「……あっ、ああ、うッ」

「ふふふ、はやくはやく!」

「うああうわあああああううううううこわいいいいいいいいい」


アダンは椅子の上にしゃがみこんで失禁した。当然の結果である。


アダンは泣き声に気付いた乳母に助けられた。彼女に抱き上げられたときに目隠しがズレて視界が開かれたが、部屋にヘビは1匹もいなかった。

ヘビの声はバルバラが魔法で出したもので、これはいじめっ子がよく使用する性格の悪い魔法だ。彼女は乳母にチクったことをちゃんと根に持っていたのだ。

結果、バルバラはまた乳母に怒られた。



「毒ヘビ椅子渡り事件」はアダンにとって本当に恐ろしい体験だった。大人から見れば子供騙しなイタズラだが、彼には効果てきめんだ。命の危機を感じて、しばらくヘビの悪夢を見た。


アダンは頭の古い親戚達に「中途半端な色」「汚らしいわ」「せめて父親が生きていればよかったのに」など言われて差別されたせいで、自身の髪と目の色にコンプレックスを持っていた。


しかしバルバラとの生活でそんな些細なことは気にならなくなった。一族の集まりで親戚に会うのは怖かったが姉の方がもっと怖い。


頭に銃を突きつけられているときに、クラスメイトに陰口を叩かれて切ない気持ちになったことを思い出さないのと同じ原理だった。最悪のショック療法である。



「悔しかったらやり返してみな〜ぎゃははははは!」


今日も彼女は義理の弟をいじめて世紀末の笑い声をあげる。

ここまで来るとストレスが溜まっていたでは言い訳にならないレベルだった。彼女は普通に性格が悪かった。


ちなみにアダンが生涯夢に見る笑顔とはこっちの邪悪な笑顔の方である。

特にインフルエンザにかかったときに頻繁に出てきたため、体調は悪化して最悪だった。



🐍



「バルバラ様、その後どうですか?」

「ドレイトン様からいただいたアドバイス通りにしたら上手くいきました。さすが殿下。ありがとうございます」


王太子とのお茶会。

バルバラは耳の後ろに垂れている花に触れながら微笑む。彼女の藤の花は満開で歩くたびに美しく揺れた。


嘘はついていない。

アダンとは喧嘩ばかりで毎日彼を泣かせているが、暴言や嫌味を好き勝手言えることでストレス発散になっていたため、ある意味上手くいったといえる。


事実を話して

『オメーのアドバイスなんか役に立たなかったわ!おかげで毎日乳母に怒られるしよぉ!ペッ!』

と言うわけにもいかないし。


バルバラの返事を聞いた瞬間、彼の表情が少しだけ曇ったような気がした。彼女が違和感を持つ前にドレイトンははにかんだ。




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