第29話 彼氏No18、【写し鏡の流水剣ルキーラ】

 【写し鏡の流水剣ルキーラ】

 その武器の元になった人物、ルキーラはギギラにとって20番目の彼氏だ。


 『ねぇおじ様聞いてよぉ』


 この時のギギラはちょうど20歳を迎えたころで、お酒の酔いを知り始めた頃だった。

 それに加え、なかなか気に入った男性を彼氏に出来ていない時期でもあった。


 『また上手くいかなかったのかい?』

 『ギギラ悪くないんだよ??こんな優しい女の子をあんな無下にするなんておかしいよ~』


 初めて味わう酔い。

 そのせいで厄介客と化したギギラは、贔屓にしていた酒場のマスターであるルキーラに毎日のように愚痴をこぼしていた。


 『おじ様、これもう一つ』

 『結構飲んでるけど、お金は大丈夫かい?』 

 『こう見えてもギギラ結構強いんだよ?だから討伐系の仕事で全然稼げるんだ』

 

 この酒場は他の所に比べて料金も割高で、客層もあまり良いとは言えなかった。

 なにせ、酒に酔って日々の鬱憤を晴らしながらつぶれる人々を老人のマスターが介抱する始末だ。


 だけど、ギギラはなぜかこの場所を気に入っていた。

 他の酒場に行っても得られない、実家の様な安心感があったからだ。


 『ギギラさん。ジジイの昔話を聞いてくれないか?』


 ルキーラは泥酔していた最後の客を帰しながらそう言った。

 おじ様と二人きりと言う状況にギギラは少し胸を高鳴らせた。


 『ん~。おじ様の話??聞きたい聞きたい』

 『実は、昔とても好きな女の人がいてね』

 『え~昔の女の話?じゃあ聞きたくない!!』

 『なに、こっぴどく振られた話さ』

 『えぇ!!その女、おじ様の事振ったの?こんなに優しいのに?』


 聞きたいと言ったり、聞きたくないと言ったり。

 果ては『ギギラだったらそんな事しないのにな~』なんて甘い声を出しながらマスターの話を聞いていた。


 『彼女はずっと心に闇を抱えていてね。私は大好きだったその子を助けてあげたかった。色んなおせっかいを焼いたものさ』


 『すごい健気じゃん』


 『……でも、彼女が求めていたのは励ましでは無く、自分の過ちに対する叱責だったんだそうだ』


 『は?怒ることが慰める事より大事だったって言うの?』


 『あぁ。だから彼女は慰める私ではなく、自分の事を叱ってくれる男性と結婚したよ』


 マスターはそう言うと、笑いながらグラスを取り出した。

 ギギラに酔い覚まし用の水を汲みながら、ルキーラは語る。


 『ギギラ君、人間は複雑だ。必ずしも、優しくする事がその人を助けるとは限らない。人によっては厳しい叱責や、時には敵として立ちはだかる方がうんと救われる事があったりする』


 『う~ん。何だがよくわかんないや。理由を聞いても心が納得できないよ』


 『私も昔はそうだった。きっと私とギギラ君はどこか似ているんだと思うよ』


 『ギギラがおじ様と?』


 『ああ。だからさっきの老人の戯言を心のどこかに留めて置いてほしい。納得が出来ないものだとしても、それがいつか君を助ける時が来るだろうからね』


 この時、ギギラは自分の世界が拡張されたような気分だった。

 あの時飲んだお酒の味も、自分の酔い具合も、店の証明の暗さも簡単に思い出せてしまうぐらい、印象的な出来事だった。


 それからギギラはルキーラと絆を深め、彼が急病で死んでしまう余命前日に恋人となった。

 ルキーラをこの世につなぎとめるため、彼を武器にしたあの日をギギラは忘れない。



 「おじ様、今ならあの言葉を心の底から納得出来るよ」


 ギギラは武器ワイングラスとなったルキーラを構える。

 その手は少し、こわばっていた。


 「でもギギラ欲張りだからさ。敵対するしかないって状況なのに、どうにか彼も彼氏に出来ないかな~なんて考えちゃうんだ……だからお願い、そんなギギラの背中を押して!!」


 ギギラの声に呼応するように、そのワイングラスから水流があふれ出る。

 その水流は斬撃能力を有し、そこに映った者の真実を映す。

 早い話が、ゴルド・シルバの幻覚を無効化できるのだ。


 「クソッ。こんな攻撃なんぞ!!」


 うねる水流はまるで長い鞭のように動き、ゴルドを追い詰める。

 そこに映っていたのは、人間を憎む一匹のウルフリーパーだ。


 「ハッ……ハァァァァ!!!」


 ゴルドが振るう人を殺す斬撃は、もはやただの弱攻撃へとなり下がっていた。

 ギギラは彼の動きを明確にとらえ、水流の刃で受け止める。


 「人間!!人間!!幻覚を破られたぐらいで屈してたまるものか!!」


 復讐に燃えるゴルドの勢いは止まらない。

 どこか諦めの気持ちが混じっていた彼の声色はどんどんと勢いを増していく。


 「ここに捕まった時もそうだ!!俺は幻術を封じてきたあのジェーエルとか言う女に負けた!!」

 「ジェーエルが禁術を封じた?」

 「このままだとまた負けるだけだ。だから俺はこの戦いで掴む!!真に人を殺せる力を!!」


 獣の爪と水流の刃がぶつかり合う。

 復讐の炎にかられ、そのまま燃え尽きるしかないゴルドを見つめながらギギラは自分の心に言い聞かせる。


 「本当はゴルド君の事だって抱きしめてあげたいけど……死ぬほど恨んでる種族からのハグほど屈辱的なものはないよね」


 ギギラはルキーラワイングラスに魔力を注ぐ。

 鞭のようにうなっていた水流はその幅を縮め、切れ味が増したショートソードの様な形を作る。


 「水流の形を変えた?」

 「うん。もうゴルド君の動きは完全に見切ったからね」

 「いつでも殺せると?」

 「言ったでしょ。今のギギラは君にとっての試練」


 ギギラは足に力を籠め、大きく地面を蹴る。


 「君の復讐を為したいのなら、ギギラ達のこの技を受けきって見せて」


 「……上等だ。俺は死んでいった家族の為にも、シルバの為にも!!この試練を乗り越えて見せる」


 ギギラに合わせてゴルドも地面を強く蹴った。

 このまま二人の一騎打ちが始まる……この戦いを見ていた誰もがそう思っていた、その瞬間だった。


 「バラン君、今!!」

 「おうよ!!」


 二人の一騎打ちに割って入ったのは、空中を浮いて自由に動き回る一つのバランだった。

 ゴルドはバランの姿を見て思い返す。


 いつからギギラの手からバランが居なくなっていた?

 いつからそこに居た?

 どうして俺はこいつの存在に気付かなかった?

 

 と。


 「行くぜ!!足掻きの混沌魔弾カオス・ストラグル!!」


 バランの魔弾がゴルドに直撃する。

 知っての通り、バランの魔弾の攻撃力はたかが知れている。


 しかし、魔弾が直撃した事でゴルドの体制が大きく崩れてしまった。

 それが致命的な隙となった。


 「まだだ!!体をひねればまだ!!」


 獣の根性で体を動かしながら、ゴルドは思い出していた。

 憎き怨敵、人間の真の恐ろしさを。


 それは一騎打ちの技術でもなく、ましてや禁術やアーティファクトなどの特殊能力などではない。

 こういった罠やだましの類が最も恐ろしい。


 「大丈夫。死んだ事も分からないぐらい、痛くない静かな死をあげるから」

 

 ギギラが振るった刃はストンとゴルドの首を落とした。

 それは彼の後悔も痛みもさえも脳に届く前に首を落とし、死の苦しみを与えない優しい斬撃。


 「酩酊首打ち・黄泉下り」


 どうかこの一撃が少しでもゴルドの心を蝕む憎しみを癒してくれますように。

 ギギラは込めた思いなぞいざ知れず、観衆たちとコロシアムの司会者はうるさい声を上げていた。


 『勝者ァァァァァ!!!ギギラァァァァ・クレシァァァァァ!!!』

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