転生少女の苦悩1
歌劇を鑑賞した翌日の昼休み、アニエスは学園の図書館にいた。席に座り図鑑を読み漁っていると、不意に声を掛けられた。
「……何してるの?」
見上げると、側にロック・オーバンが立っていた。彼の視線は、図鑑に注がれていた。
「ちょっと、毒を持つ生物について調べていたっす」
アニエスは、劇場で蜂の大群が現れたハプニングについてロックに話した。
「……ふうん、赤と黒の縞模様の蜂なら、326ページかな」
「ページを覚えてるなんてすごいっすね。……ああ、これっすね」
アニエスを襲ったのは、通称『死神バチ』。一度刺されると痺れで数時間動けなくなり、二度目に刺されると心臓麻痺で数分もしない内に死に至る危険な蜂だ。
「……この蜂を人間が使役する事は可能なんでしょうか?」
「僕は専門家じゃないからよくわからないけど、無理なんじゃないかな。……この蜂はある種の酒に弱くて、その酒の成分を浴びると死んでしまうらしいというのは知っているけど」
アニエスも、それは知っている。
「……もしかしたら、奥にある論文のコーナーにもっと詳しく書いてある論文があるかも」
ロックはそう言うと一度アニエスの側を離れ、しばらくすると、一冊の本を持って戻ってきた。ロックは、論文をパラパラと捲り、ある個所でふと手を止めた。
「……もしかしたら、これが関係しているかも。最近の研究でわかった事だけど、ある種の果実に含まれる芳香性の物質が、死神バチを引き寄せる作用があるって」
アニエスも、論文を覗き込んだ。確かにそう書いてある。
ふと思い出した。ユスティーナに挨拶をして控室を出た後、酔っ払いと遭遇しなかったか。その酔っ払いに声を掛けたのはエルネストなのに、何故かアニエスだけ酒をかけられなかったか。その酒は、果実酒ではなかったか。
考え込んでいると、また声を掛けられた。
「勉強しているの?熱心ね」
そこに立っていたのは、イネス・セネヴィル。相変わらず綺麗な顔をしている。
「ごきげんよう、イネス先生。調べ物をしていたっす」
アニエスは、イネスにも劇場でのハプニングについて話して聞かせた。
「そう……大変だったのね。酔っ払いの男に果実酒をかけられたり、蜂の大群に襲われたり……」
「はい。でも、歌姫の歌は素晴らしかったっす。生であの歌を聞けて良かったっす」
「そう、良かったわね」
イネスは、そう言ってにっこり笑った。
その日の放課後、アニエスはエルネストと共に誰もいない教室にいた。
「……じゃあ、アニエスは、あの時の酔っ払いが蜂の騒動に関係していると思うの?」
「はい。あの果実酒をわざと私にかけて、蜂に私を襲わせたと思うっす。エルネスト殿下があの男を呼び止めなかったら、他に理由を付けて私に酒をかけようとしていたんでしょう」
「……そうか……あの男の身元を調べられるか、劇場に確認してみよう」
「お願いします。……それと、もう一つ、殿下にお願いしたい事があるっす」
そして、アニエスはその「お願い」を口にした。
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