第40話 百合×3+ノーマル?

「パパ、ロナリア様が私に会いに来るって、本当に本当なの?」


アイノリアは目を輝かせ父である教皇のルイダルッドに詰め寄っていた。


「う、うむ、少し落ち着きなさい。一昨日先ぶれが来たのだ。午前11時に来るとのことだ。昨日伝えただろうに。おそらくアイノリアの婚姻についての事だろう。しかし……お前は本当にシュラド様の事が好きなのか?」


ルイダルッドは訝しげに愛娘のアイノリアに視線を向ける。

はっきり言ってとても信じられない事だ。

何より国王にもかなり強く注意されている。

出来ればなかったことにしたいくらいだ。


何しろアイノリアは紛れもない同性愛者だ。

もう17歳なのに今まで男性に全く興味を示さなかった。

しかもロナリア嬢が創設した『百合は世界を救う』会の会員ナンバー13番だったはずだ。


「ほ、本当よ。私、シュラド様に一目ぼれしたんだもん。……ロナリア様をあの男に触れさせないんだから」

「ん?」

「っ!?あっ、ち、違うの、そ、その、シュラド様が、す、好きなの!ホントのほんとにほんとだよ!!」


やけに勢いを増し捲し立てる娘に疑念を抱いたが、問い詰める前に自室へと戻ってしまった。


「…ふう、まあ間違いなくそのことだろう。……ロナリア嬢に任せるとするか」


※※※※※


アイノリアは自室で、わがままを発動し無理やり集めた秘蔵のロナリア隠し撮りコレクションを眺めながら、この後会いに来るロナリアを思いひとりイケない所を疼かせていた。


「ああ♡ロナリア様、まさか私に会いに来るなんて♡……やばい。ちょー嬉しい♡」


アイノリアが今回わがままを言ってシュラドと結婚を求めたのは、実は教義やシュラドの称号が目的ではなかった。


ただ敬愛するロナリアに近づく男を困らせたかっただけだった。

ロナリアの重い想いを全く理解せずに。


「ふう、いけない。もうすぐご尊顔をじっくりたっぷり見れるのに……ああ、でも…ロナリア様♡……ふう、はあ、はあ♡んうっ♡」


体を痙攣させ恍惚の表情を浮かべるアイノリア。

美少女が大変なことになっていた。


※※※※※


「これはこれはロナリア嬢。ようこそ聖教会へ。私は教皇のルイダルッドと申します。以後お見知りおきを」

「ご丁寧なあいさつ、光栄の至りですわ。今日は御息女のアイノリア様に会いに来ただけですの。わたくしのお友達とともに。次の機会には是非教義についてもご金言を頂きにまいりますわね。ああ、僅かばかりですがお納めくださいまし。信仰の証でございますわ」


私は金貨10枚ほど入った袋を教皇へと手渡す。

ちらりと見て教皇の顔が引きつった。

普通は銀貨数枚が相場だ。


「ロ、ロナリア嬢?こ、これは…」

「ふふふっ、わたくしの決意の様なものですわ。……わたくし心の底からシュラド様を愛しておりますの……まあ、教皇様はお優しいお方と評判ですものねえ……お分かりいただけるかと」


そして思いっきり魔力を放出する。

教皇の顔が真っ青になり膝から崩れ落ちた。


「う、うあ、ああ……」

「まあ、大丈夫ですか?お顔が青いようですが……教皇様の真意ではないと父から伺っております。安心してもよろしいのかしら?」


教皇のルイダルッドは壊れた機械のようにただ数回頷いた。

私はその様子を冷めたような目でただ見つめる。

そして一歩前に足を進め教皇の前にしゃがみ込み、彼の瞳を射抜く。


「アイノリア様が撤回したら、今回の事は水に流していただきたいのですが……滅ぼしたくないのですわ」

「は、はい。……も、問題ありません。アイノリアが何を言おうと、必ず、無かったことにいたします」


むわっと嫌なにおいが立ち込める。

うわー、ちょっと引く。

失禁とか……


「失礼いたしました。それではアイノリア様と面会してまいります。ああ、色々声がすると思いますが、危害を加えることは致しませんので。……聞こえないふりとかお上手ですわよね?」

「うぐっ、は、はい。ど、どうぞごゆるりと」

「まあ、ありがとうございます」


私はニコリと笑い踵を返す。

そして3人で教皇を置き去りにアイノリアの自室へと向かった。


「…お姉さま…素敵♡」

「はうっ♡ロナリアお姉さま、かっこいい♡」


両側から私の腕を取りうっとりするエリス嬢とルル。

うん、ごめん。

ちょっとやり過ぎました。


……後でお父様にフォローしてもらわなくちゃね。


※※※※※


私はアイノリア嬢の部屋をノックして声をかける。

さあ、勝負よ!!


「はい。どうぞ」

「失礼いたしますわ」


とても教皇の一人娘とは思えない、ピンクピンクしい部屋の真ん中にドーンと置いてあるベッドに、何故かネグリジェのようなピンク色のひらひらしたものを纏い、アイノリア嬢は赤い顔で座っていた。


なんか甘い匂いがするけど……

おいおい!?

媚薬とか!?

私は速攻で解呪する。


「ああ♡ロナリア様♡うわー本物だあ。わたしねロナリア様のファンなの♡」


そして一目散に私に向かって飛びついてくる。

目がイッチャッてる!?

すっとルルが私を守るように前に立つ。


「っ!?……もう、なんなの!?このちんちくりんは」


口悪っ!

何この子?

大丈夫かな……

色々心配になってしまうけど。


「ロナリアお姉さまの従姉弟のルルと申します。いきなり抱き着くとか。アイノリア様?何を考えているのかしら」

「なんで?どうしてロナリア様だけじゃないの?私聞いてないけど」


私は思わずため息をつき額を押さえる。

3人で行くと事前に通告しているはずだ。

この子本当に大丈夫かな?


取り敢えずまずは話がしたいのだけれど。

私はちらりとエリス嬢に視線を向ける。


「アイノリア様、お初にお目にかかりますわ。ドレスト侯爵が長女エリスでございます。以後お見知りおきを」


ふぁー、さすが元祖侯爵令嬢だ。

カーテシーもめっちゃキレイ。


流石に侯爵令嬢には文句を言えないらしい。

取り敢えずおずおずと頭を下げ挨拶らしきものをする。


「は、はい、……どうも」


おいっ!?

何この子?まじでヤバイんですけど?


珍しくエリス嬢が引きつった顔をしているし?

教皇様この子絶対表に出せないよ?

不敬で処刑される未来しか見えないわ。


「こほん、取り敢えずお話をしたいのだけれど。そこのソファーに座らせていただいてもいいかしら」

「は、はい。ロナリア様」


目の前のエリス嬢をガン無視していきなりソファーへと駆け出すアイノリア嬢。

そしてなぜか変な写真を慌ててまとめ始めた。

そのうち数枚が床に落ちた。

ん?

嘘でしょ?

なにあれ……


「あっ、ご、ごめんなさい……」

「アイノリア様?」

「ひうっ」

「それ、私に見せて下さる?」

「だ、だめっ、やだっ、あっ!?」


私は怪しさ満点な写真らしきものを奪い取った。

そこには何故かあられもないポーズで私の顔だけ張り替えたような卑猥なものが映し出されていた。


あー、なんか。

うん。

話し合いしたかったけど……

もういいや。

実力行使で。


「ふう、エリス、ルル。見た目だけは良いみたいので、嫌かもだけど……良いかしら?」

「「はい。おねえさま♡」」

「ふあっ!?」


※※※※※


私さ、前にも言ったけど百合ではないんだよね。

もちろんそういうのって個人の自由だと思うし、否定はしないよ?

私だって少しは加奈子と……その、触りっことか……


でもさ、この3人……


あーどうしよ。

目に焼き付いてしまうわ。


ノーマルの私まで雰囲気と声と絡む姿にクラクラしちゃうのよ。

そりゃこの世界の百合の皆さまは道具とか使わないらしいし、その、えっと、いわゆる「いたす」事はしない様なのだけれど……


うわー、マジでやばーい。

おずおずと近づいて、あくまで興味本位にビクンビクン痙攣しているアイノリア嬢のお腹のあたりにそっと手を伸ばしてみた。


「ひゃん♡ああああああん♡あふん♡」

「ひっ!?」


うわっ、こわっ!

焦点の定まらない瞳がグリンと首を向けて私を捉える。


「ああん♡ロナリア様♡もっとお、もっと触ってえ♡あうう、あん♡死んじゃう♡」

「もう、ダメですよ?ロナリアお姉さまは…み・る・だ・け♡」

「そうですわ。ほら、言ってごらんなさい?ここが良いのよね♡」

「ひうっ♡あっ♡あっ♡……あああ♡ああ♡ああああっ♡………」


うわー。

ああ、私やっぱりノーマルだわ。

うん。

早く帰って俊則に癒してもらいたい。


怖すぎです。


※※※※※


「はい。婚約の話は必ず取り下げるよう、パパに言います」

「ふう。分かりましたわ」


顔を真っ赤にさせ、ふらついているアイノリア嬢から言質を取ることに成功した。


えっと、ここに来たのって確か午前中のはずよね。

今もう夕方の5時過ぎているのだけれど?


エリスもルルもお顔ピッカピカなんですけど。

目の前のアイノリア嬢も、なんだか少し物が触れただけで、危ない声出すし……


「それではもういい時間ですので失礼いたしますわね」

「……あのお…」

「ん?」

「今度遊びに行ってもいいかな…ですか?」

「んん?」

「あの、その……ルル様に……」


まさかの様呼び!?

ああ、うちのルルやば過ぎでしょ。


「あー、えっと、ルル?どうします?」

「はい。良いですよ。私はいつでも」


そして怪しく目を細めるルル。


「ひうっ♡……あああ、ルル様♡……絶対に行く……ます♡」

「ええ、でも……アイノリア様?礼儀作法をもうちょっと頑張っていただきたいです。今のままだとあなた……首刎ねられますよ?」

「っ!?……は、はい。わかりました」


流石優秀なルルだ。

ちゃんとこの子の命も守ってくれた。


取り敢えずこれで問題は解決したよね。

後は……


俊則の覚醒……


うう、ど、どうしよう。

で、でも、絶対に必要だもんね。

うん、がんばらないと、い、いけないもんね。


私の顔が赤くなっていくのを3人は不思議そうな顔で眺めていた。

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