第17話 もう一人の転生者
郊外の診療所。
ウッドストック領から東に100キロほど離れたフィナリアル領ミラナスの町にある診療所のベッドで、シュラドは目を覚ました。
「あれ、ん?……えっ、うあああああああああああああああああああーーー」
目が覚めたと同時に頭の中にたくさんの記憶がまるで雪崩のように流れ込んできた。
そしてまるでパンクするんじゃないかという圧が頭にかかり思わず悲鳴を上げていた。
※※※※※
彼は5日前に、馬車に轢かれそうになっている少女をかばい怪我をしここに運び込まれていた。
大きな怪我ではなかったものの、頭を強く打っており心臓も止まっていた。
助けられた少女が大泣きしながら必死にしがみついていたが、皆静かに黙とうをささげたいた。
「お兄ちゃん、ああ、死んじゃダメ―、うああああーーーーんん」
少女の瞳から零れ落ちた涙が突然光を放つ。
その光は死んだはずの男を優しく包み込み、あたりに神聖な魔力があふれ出した。
「えっ?あっ!!………」
そして神が顕現した。
皆驚き、そして誰ともなく膝をつき祈りを捧げる。
神が告げる。
「この男は運命の男だ。ウッドストック家へと導いてほしい」
「どうか、わたしのわがままを聞き入れてはくれまいか」
美しい神は慈愛の表情を浮かべ、やがて何もなかったかのように消えていき、部屋は静寂に包まれた。
「う……」
そしてほぼ同時に死んだ男が息を吹き返した。
この小さな町に奇跡が誕生した瞬間だった。
人々は目の当たりにした奇跡に、ただ震えることしかできなかった。
男は息を吹き返したものの目を覚まさないことから病室へと運ばれた。
そして5日経った今、男は目を覚ました。
※※※※※
男の叫び声が診療所に響き渡り、所長のロイルードは慌てて病室へと駆け付けた。
そこには頭を抱え、茫然としている件の男性が何やらぶつぶつ言いながら固まっていた。
「大丈夫ですか!どうしました?」
男は声に驚いたのか肩をビクリと跳ねさせ、ゆらりと顔をロイルードへ向ける。
「あ、その、すみません。……えっと…」
ロイルードは大きくため息をつき、どうやら無事らしいと判断し、混乱しているであろう男に声をかけた。
「ここはフィナリアル領にある診療所です。あなたは5日前、馬車にひかれそうな少女を助け怪我をされたのです。私は所長のロイルードといいます」
そしてベッドの横の椅子に腰を掛けた。
男はパチパチと瞬きをし軽く頭を振り、どうにか言葉を紡ぎだす。
「……そうだったのですね。ありがとうございます。すみません。……ちょっと混乱してしまって。……ああ、わたしは商人のシュラドと申します」
そう言って手を差し出すシュラド。
ロイルードはひそかにスキルを発動させながら握手を交わした。
「シュラドさん、見たところ大きな荷物もないようだけど、商人なんですね」
「ええ、実は知り合いが別の領で支店を出すとかで、手狭になった店舗を格安で譲ってくれたのですよ。それであの日着いたばかりで。いや、本当に助かりました」
ロイルードは頷きシュラドへ問いかけた。
「もしかしてサンドラ商会の関係ですか」
「ああ、ご存じでしたか。ええ、次男のザルスが以前ともに旅をした仲間でして。いやあ、あの頃はお互い世間知らずで、冒険者に憧れていたのです。ははっ、お恥ずかしい事です」
ロイルードは肩から力が抜けていく事を自覚していた。
スキルで彼がとんでもない称号を持っている事が解ったが……
どうやら普通の人間らしい。
「あのシュラドさん、あなたは……神の関係者ですか?」
「えっ!………あの……夢……じゃない?!」
途端に動揺するシュラド。
ロイルードはさらに話を続ける。
「すみません。あなたに黙ってスキルを使用しました。私は医者ですが同時に審議官も兼ねています。小さな町だ。混乱は避けたいので申し訳ないがあなたを調べさせてもらいました」
「っ!?……ええ、当然だと思います」
「ありがとう。あなたはまっとうな人だ。ようこそミラナスの町へ」
ロイルードの顔に笑顔が浮かぶ。
シュラドは安堵の息を吐いた。
ただ……言っていないこともあったのだ。
シュラドが口を開きかけた時先にロイルードが話し始めた。
「実はあなたは一度死んだのです。そして神が顕現なされた」
「っ!?」
「私は目を疑いましたよ。でもどうやら問題はないようです。ただ……あなたは早急にウッドストックへ向かう方が良い」
シュラドはため息を吐く。
そしてロイルードに話し始めた。
「実はあなたに言っていないことがあるのです。今私の中にどうやら違う人格があるようなのです。しかも、多分いつかその人格に染まるのでしょう。どうやら私は本当に死んだようですね」
「まさか……転生者?……おとぎ話だと思っていました」
「ええ、私もですよ。ははっ、まさか自分が経験するとは……ありがとうございます。初めに話をしたのがあなたで良かった」
こんな与太話をすればそういう知識のない相手の場合通報されるのがおちだ。
ある意味シュラドは運が良かった。
「ロイルードさん。お世話になりました。ウッドストック領へ向かってみます」
「ええ、旅の無事をお祈りいたします」
シュラドは小さいカバンから金貨を一枚取り出しロイルードへ差し出した。
「これで足りますか」
「…受け取れませんよ。神の思召しです」
「…じゃあ寄付という形でお願いします」
ロイルードはため息をつく。
「ありがとうございます。頂戴いたします……あっ」
「そうだシュラドさん。食事だけでも召し上がってください。その間に紹介状を用意いたしますよ。いきなり訪ねても、捕まってしまうかもしれませんから」
「そうですね、ははっ、とても腹ペコでした。……あと紹介状、助かります」
こうしてシュラドは診療所を後にし、乗合馬車の待合所へと歩き出した。
そして少しづつ浮かんでくる愛おしい女性の記憶を思い出しながら。
どうしてか……分からないけど……君に会える…
そんな気がするよ……
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