第二十二話 スタンピード


【Side 純情剣聖】



 翌朝。

 を、ちょっと過ぎた頃。


「あ〜〜〜〜っっっ!!! もう、なんであんなことを……!? みられた、見られちゃった、見せちゃったァ……!」


 大地の寝床亭の食堂で、遅い朝食を前にしながらボクは頭を抱えていた。


「そんなに悶絶することないんじゃない? そのために頑張って磨いた身体でしょ? スタイルいいんだから自信持って?」

「自信はあっても恥ずかしいんだよぉ!!!」


 フレイの声援に吠え返す。

 そりゃ自信はあるよ!

 だって「いつかアベルに振り向いてもらえないかなぁ……」とか妄想して作り上げたほぼ理想の身体だもの!

 細いウエストに伸びる鋼のような、柔らかい筋肉。

 剣士として、女として、これ以上ないってくらいの肉体だ。

 まぁ……もうちょっと? おっぱいとかお尻にボリュームは欲しかったけど。

 だって……チラッ。


 ――ばるんっ! だゆんっ! どたぷんっ!


 そんな音が聞こえてきそうなほどデカいバイオレンス暴力的なスタイルが二人もいるからね!


「恥ずかしがり屋ねぇ、わたしはいつでも見せていいんだけど」

「協定遵守!」

「スローガンは?」

「はいはい、『みんなで行こう、抜け駆け禁止』。わかってるわよ」

「それでよし。……まあでも、結果としてアベル君を癒せたならよかったんじゃない?」


 うん、それは本当によかった。

 自殺しかけるほど思い詰めていたなんて思ってなかったけど、最後に見た安堵の表情……。

 さっきまで眺めていた安らかでかわいい寝顔。

 きっと大丈夫だと思いたい。


「それにしても、アベル君の寝顔……かわいかったわね〜!」

「えぇ。それに今朝はよかったわ〜、三人半裸であっくんに抱き着きながら目覚める朝なんて」

「ま、まるでハーレムみたいだったよね……!」


 三人そろって、頬を染めてくねくねと悶えた。

 今朝は起きたら……殆ど裸でアベルに抱き着いていたんだよね。

 元が薄着だから上だけでも脱いだらそうなるよ。

 みんなで憧れていた、ハーレムの朝みたいで思わずにやけちゃった。

 貴重なアベルの寝顔を存分に眺めていたら、日が高くなっていた。

 カッコよくなったのに寝顔はかわいい、ギャップがあってたまらなかった……!


 アベルは強くなったといっても人間だから、体調の回復には長い時間が必要だろうけど。

 治ったら、これまで以上に積極的に……!

 

「でもハーレムを実現するなら、やっぱりミリアちゃんとの結魂の解消は絶対ね」

「うん……! 時間がかかってでも説得しよう。難しいだろうけど、証拠だって集めてみせる!」

「そう、ね……それなんだけど、アベル君が起きたら伝えたいことがあるの」


 結魂解消に奮起していると、マリアがなにか考え込んだ様子で切り出す。

 それを見たフレイもだ。


「それって、二人が気にしてること?」

「えぇ、ミリアちゃんの不貞の証拠についてなのだけど」

「あたしたち、実は――」


 そのときだった。

 ――ウゥーッ、ウゥーッ、ウゥーッ!

 ――カンカンカンカンカン!

 と、街中にけたたましい騒音が鳴り響いた。


「これ、は」


 冒険者ギルドの方からは魔導具によるサイレンの音。そして蒼天教の教会からは鳴り止まない鐘の音。

 街全部に聞かせることだけを考えた大音量は……大陸共通で、ある一つの出来事の発生を意味する。


「スタン、ピード……!」


 その音は全てを飲み込む、厄災の足跡だ。



 ・ ・ ・ ・ ・



 スタンピード。

 大量のモンスターが一斉に移動し進路上にあるものを襲う、魔獣の大行進。

 魔獣は本来それぞれの生態系をもつ。それを一切無視して、多くの魔獣が一斉に襲い来る現象だ。

 原因は様々あるけど、どれであっても災害であることに変わりはない。



「ギルマス!? いる!?」


 すぐに武装したボクたちは街中に敷き詰められたレンガを蹴り飛ばしギルドに到着すると、ここ数日で顔なじみになったアルビアを探す。


「っ、エルミーさん! よかった!」


 丁度、ロビーで走り回っていたらしいアルビアがこっちに来た。


「この警戒音、スタンピードだよね!? 状況は!?」

「斥候向きのジョブ持ちが、カーヘルに迫る魔獣の大群を確認したんです、もう二時間もしないうちに到達してしまいます……!」

「それじゃ避難は間に合わないじゃん! 規模、数は?」

「魔獣の数は……五千、以上。今も増えていると」


 予想以上の数。こんな規模のスタンピードがいきなり起こるなんて……!


「じゃあ冒険者、じゃなくても戦える人は?」

「確認をとっていますが、千人前後かと……なにより問題なのは、現地の冒険者が観測するに……A級の魔獣が五百体以上いるとのことです。こちらにはAランク冒険者が数十人しかいません」


 そうか……カーヘルは大きな街だけど、魔王の領域から遠かったから強い冒険者が少ないんだ!

 A級の魔獣は一線を画す強さを持つ。

 あの潜土竜モールドレイクやワイバーン並の魔獣は、一定以上の実力者じゃないと傷つけることすらできないのに!


「アベル様のお力を借りられればなんとかなるとは思うのですが……」

「いくらあっくんでも、その数は……」

「あたしたち、本気を見たわけじゃないけど。いくらなんでも無理があると思うし、それに――」

「アベルは……今、動けないんだ……」

「は……え? いったい何故!? 彼がいなければ……!」


 アルビアが狼狽した様子で聞いてくる。


「これまでの疲労が祟って、寝込んじゃった。しばらく起きれるかどうか……」

「そ、そんな……」


 不眠だった人間が一度寝たら、気絶と同じだ。しばらく目を覚ますとは思えない。

 しかも疲労は聖属性魔法でも回復できない。

 寝不足による不調じゃ無理やり起こしても本調子は出ないはずだ。

 アベルは、しばらく頼れない。


 ギルドマスターとしてSランクを知ったらしいアルビアは絶望の表情を浮かべた。


「寝込んだだぁ? どうせビビって逃げただけだろ、ホラ吹きのSランクがよぉ!」


 ボクたちが唇を噛んでいると、不快な声が響いてきた。


「お前……!」

「ハッ、また会ったな剣聖女。あんなクソガキいてもいなくても変わんねぇよ! 多少強えようだが、所詮は剣士! 数に押されりゃくたばるぜ!」


 数日前、アベルにボコボコにされた外道男、ゲランドだった。 


「この……っ!」

「エルミー、気にしてる場合じゃない」


 フレイがヤツを睨みながらボクの肩を掴む。


「畜生……! オレ様はこんなところで死ぬわけねぇんだ! クソ魔獣なんざブッ殺してやる!」


 そう言いながら奴はどこかへ歩いていった。

 ……仕方ない。今すぐ斬り刻んでやりたいけど、今は猫の手も借りたい。


「現在、方方ほうぼうに救援を求めています。ですが国境ですし、それがいつになるか……」


 ギルドニュースで各地の冒険者に、そして国に助けを求めたらしい。

 やるべきなのは、それが到着するまでの耐久戦ってことだ。


「冒険者以外には領軍が私達に協力してくれます。それから蒼天教お抱えの聖属性と闇属性の魔法使いが約百五十人ほど。回復や弱体化によるサポートは任せてほしいと」

「それは心強いけど……」


 蒼天教の回復能力は凄まじい。それでも、この物量差は厳しい。

 結局、ボクたちは救援を待つしか無いってことだ。


「数に加えて、A級の魔獣が多いのが問題です。今この街にA級を倒せる人は――」


 逃げられないなら、防ぐしかない。

 それからは新任ギルドマスターアルビアの元、冒険者ギルドが主体になって指揮を執っていった。

 そうして――カーヘルは、Sランク不在で災厄に襲われることになった。





 ――二時間後。

 誓いの輝剣は、カーヘルを取り囲む城壁の上にいた。

 カーヘルの街は国境沿いだ。ここ数百年、魔王との戦いで人同士の争いは少ないけど、万が一に備えてこの街を守る壁は高く厚い。

 その上で、戦力になる人間は集まっていた。

 遠くには土煙を上げて迫る魔獣が見える。

 広く広く広がって、一面魔獣だらけ。固まって動くはずのスタンピードとしては異常な光景だ。


「ここ数年でスタンピードにも遭ったけど、一番怖いわね。やっぱりなにか変よ、これ」

「その割に全然緊張してないよ、姉さん」

「当然でしょう。やっとあっくんとイイ感じになれそうなのに、こんなとこで死ぬわけにはいかないもの」

「うん……そうだね、フレイ」


 その通りだと頷く。

 一応、アベルを起こそうとはしたんだけど殆ど反応もないし、医者は数日間は安静にするべきだと言ってた。

 今度は、ボクたちがアベルを守るんだ。


「さぁ……頑張って守ろう。アベルも、自分たちも」


 剣を抜く。総ミスリル製の赤い長剣の銘は『アグアガーダ』。

 最高の信頼を置く相棒だ。

 フレイはハルバードを。マリアは連結剣を。

 必ず生き残るという思いを込めて、得物を抜いた。


 やがて魔獣が射程圏内に入った途端、壁の上から魔法や矢が飛び、同時にボクたちは飛び出した。

 


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20時頃にあとがき近況ノート公開します。


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勇者パーティーにいる婚約者に浮気されてたSランク冒険者、傷心を癒す旅に出る〜最強サレ冒険者はハーレムパーティーを作らされる〜 赤月ソラ @akatuki-9r

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