第31話 巨安のやり口

『養殖場そのものは、建設業をやっているときに最後の仕事としておこなったんです。社員さんは、自分をクビにする元凶のために働かされたようなものです』

『それでも、給料はだしたんですよね?』

『もちろんです。それですんだらともかく、私にストーカーする人が現れました』

『ストーカー!?』

 大間もそうだが、礼美の人生も飛躍と暗転だらけだ。

『父が建設業をしていたときの元社員で、老舗旅館の社長さんの息子です。本当に気持ち悪くて』

 地野の息子……。だから養殖場を観察していたのか。

『まだ正体もはっきりしないときに、父に相談したら、つきとめはできたんですけど、つまらない騒ぎになるから警察にはいうなって。私の父と、ストーカーの父が友人だからっていうのもありました』

 パワハラオヤジにストーカーのバカ息子か。両方とも、外面はいかにも見識のある社会人としてふるまっているのがなおさら悪質だ。

『しばらくして、私は父と横浜市にいきました。父は、時々自分の度量をアピールしたくて、私をいきたくもない旅行に連れていくんです。養殖場を作っているときでさえそうでした』

『それほど遠出はしないんですね?』

『はい。そのときは、父が泥酔してホテルで寝いってしまいました。私は生まれてはじめて、自分の意志だけで外出しました』

 しかも、自宅ではなく投宿先から。

『その、横浜市への旅行は、いつぐらいにいきましたか?』

『一年前です』

『あなたは、お父さんが泥酔したときにホテルをぬけて、どこにいったんですか?』

『ジェントルローズです。大間さんとは、そこで知りあいました』

『ホストクラブだと知らなかったんですか?』

『いえ、ネットで調べましたから』

『たちいった質問になりますが、お金がかかるでしょう』

『へそくりを貯めていました』

 個人的な楽しみというより、自分の人生を踏みにじってきた父へのささやかな復讐というものだろう。悪徳ホストの餌食になるのは簡単に予想できるし、そうなった。

『大間さんも、複雑な家庭だったし、すぐに打ちとけました』

『その一回だけで終わらなかったんでしょう?』

『はい。ちょうど、養殖場の経営が忙しくなってきて、事務は私に任せきりでしたから。私は、書類の提出とか県庁での説明があるとか、理屈をつけて横浜にいきました』

『なら、ジェントルローズにも顔をだせたんですね』

『はい。ただ、お酒を飲んだら車は運転できませんから、代行運転を使いました』

 代行運転は、文字どおり運転を肩代わりしてくれる。相棒の車が、代行運転手が運転する客の車に随伴し、目的地についたら精算となる。精算が終われば代行運転手は相棒の車に乗って帰る。電話一本できてくれるが、横浜から黒銀町となると相当な金がかかる。

『ホスト代もそうですが、莫大なお金がかかりますよ』

『そこは、大間さんがたてかえてくれました』

『本当ですか?』

 寺から檀家へとはよくいったものだ。

『はい。私と結婚したいからって』

 あの自分勝手極まる、礼美の父・奏太に勝るとも劣らぬパワハラ野郎が自分から金をだす……。おおかた赤楠辺りに、適当な嘘をついて巻きあげていたにちがいない。

『結婚したら、大間さんは養殖場の後継ぎになるつもりでいたのですか?』

『はい』

『だったら、ジェントルローズで着服など起こさなければよかったでしょう』

『養殖場を拡張する資金にするんです』

 拡張どころか廃業の危機だ。

『彼は手ぶらなようですが、お金は口座に振りこんだんですか?』

『よくわかりませんが、海外の銀行にあずけたそうです』

『でも、追及されたら返済せざるをえませんよ』

『だから、あなたがうまい具合に説明するんでしょう?』

 そうとも。そんなでまかせを吐いたとも。

 のみにする愚かしさが、矢磯にはありがたく、腹ただしかった。

『もちろんです。殺さずにすませてくださったのですから、全力をつくしますよ』

『よかった。私、じつはすごく不安だったんです。彼ってとてもモテるから、浮気されて捨てられたらどうしようって』

 不安のベクトルがずれている。

『私が、この前の昼に養殖場へ電話をかけたのを覚えてますか?』

『えっ、そうなんですか?』

『社長にインタビューしたいとお話しましたよ』

『ああ、あのときの』

 声とジャーナリストの二点で、ピンときそうなものだ。こんなレベルの説明から出発させられるのもげんなりするが、核心まであとわずか。

『社長は、じつはもう亡くなっていたんですよね?』

『はい』

『亡くなったのはご自宅ということですが、落ちついたら病院で書類をだしてもらわないと。遺体も腐敗しますし』

『そうですね。あんな父親、消えてもらったらよかったんですけど』

『大間さんとあなたの無罪を主張するために重要なんですが……あなたのお父さんは、昔、夜木聖町にいたんですよね?』

『はい』

『そのとき、水産会社に勤務していたのはご存知ですか?』

『はい』

『大間水産という名前の会社ですよね?』

『はい』

 知っていたなら教えてくれれば、手間が省けたものを。

『大間さんは、大間水産の社長の一人息子でした』

『はい』

『あなたのお父さんは、大間水産の金を着服して逃げたんですよ』

『どうしてそんなことがわかるんですか?』

『これを聞いてください。赤楠さんへのインタビューです』

 矢磯は、赤楠との会話の養殖班長云々にあたる部分を再生してスマホを渡した。むろん、音量は最小限に絞った。

『これでどうやって、父が犯人と断定できるんですか?』

『一枚目は、大間水産の廃墟で撮影したものです』

 矢磯は、人事資料の画像をメールに添付した。奏太が養殖班長になったと明記してある。

『二枚目は、破棄された大間家での宴会写真です。破片を手であわせた画像をお見せしましょう』

 大間家にあった、宴会写真。

『三枚目と四枚目は、同じ家にあったエビス像です』

 もはや説明不要。

『そうだったんですか。父は、最初から盗んだお金で会社を作ったんですね』

『ご胸中、拝察します。単刀直入に伺いましょう。あなたのお父さんは、本当に病気で亡くなったんですか?』

『どういう意味でしょう』

『たとえば、亡くなる前になにか特別な薬を飲んだとか。ちなみに、赤楠さんは薬剤師でした』

『それ、本当に私達の無罪につながるんですか?』

『もちろん』

『ならいいますけど、私が父のパワハラを相談したら、大間さんがこの薬を使えってくれたんです』

 それだけでも薬事法違反だ。

『いつですか?』

『三日くらい前です』

 そういうことか。

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