第三章 待機もまた仕事
第15話 迎撃艦隊の日常
ダグラモナス星雲人が地球圏から離脱して二か月。地球圏は穏やかな日々を過ごしていたが、迎撃艦隊βの警戒態勢はまだ続いていた。
ちょっと前。中央からの通達で警戒レベルを下げた途端に最重要警護対象であるレイジ・ナガト他一名を略取されたことについて、猛省した結果である。
「でもまあ安心してください旦那さま。地球の公転軌道への次元ソナー設置も終わりましたし、前みたいに潜伏はできませんよ」
「だからまだ旦那じゃないっつーの」
「もう実質旦那さまじゃないんですか?」
「まだそこまではしていない」
最近では、旗艦級戦艦のブリッジも臨戦態勢を取ることはない。迎撃が任務だから準備こそはしていても、相手が来ないならやることもない。ただ有事に際して全力を出せるように待つ。
だから、ナミシマさんの呑気な返事にセフィアが目くじらを立てることもない。
「ま、迎撃艦隊の任務って要は番犬だからね。例え敵が見えなくても、牙を磨くことさえ忘れなければいいのよ。今度レイジに手を出そうとしたら、生きてることを後悔するくらいひどい目に遭わせてやるんだから」
「大佐、こちらの書類にサインを」
珍しく紙の書類を差し出すササメユキさん。そしてささっと目を通して、さらさらとサインをするセフィア。
「後は期末テストと終業式。クリスマスとお正月かぁ」
「ああ、地球のクリスマスって楽しみですよねぇ。特に日本のは」
ブリッジの中がわっと賑やかになる。
「あれですよね、クリスマスって!サンタクロースがぁ」
「うんうん」
「包丁振りかざしてぇ」
「えっ?」
「悪い子はいねーがー、って」
「それ、なまはげだから。秋田県だから」
ブリッジクルーたちの、本気ともボケともつかない言葉に一応ツッコんでおく僕。
「日本のクリスマスって言ったら、恋人たちの日なんですよね!?」
「そうみたいだね。クリスマス当日より、イブの方が盛り上がってるけど」
「クリスマス・イブですか。寒い冬の聖夜を熱く過ごす二人!それでそれで、旦那さまは今までどんな素敵なクリスマス・イブをお過ごしになられてきたんですか?」
ナミシマさんが目をきらきらさせて、僕の顔を覗き込む。
「いやその、僕モテなかったから……昔は家族とケーキ食べるとか、ここ最近は男友達だけで寂しくカラオケ大会とか」
あぁ、なんか切ない思い出が蘇ってきた。ぶっちゃけ陰キャにクリスマスなんて関係ないんですよ。ていうか日本人、主に経済を回すためとは言え、イベントをなんでも恋人たちのためにするの止めろ。一人自分を見つめ直すための、精神修養の日とかも作れ。
カップルなど滅びてしまえ、と思ったところで今の僕がそれを思ってはならないということに気付いてしまった。危うく自分まで呪う所だった、習慣て怖い。
ふと顔を上げると、ナミシマさんとササメユキさんがなんだかブルー入ってる。
「恋人たちの日、か」
「ミコミコ、今年もエリシエと三人でパーティーしましょうか……」
「その呼び方はやめろと言っている。あと三人で初詣も行こうか」
「地球の出雲大社ってご利益あるのかしら。そろそろ同級生もみんな留袖着てるし肩身狭くて実家帰りたくない」
ずんずん癖くなっていく参謀ズに比べ、下の方の席はなんだか華やぎ始めた。
「今あたしセーター編んでるんだ!もうちょっとで仕上がるの」
「私ケーキ焼くって約束しちゃった。すんごい久しぶりだから上手くできるかな」
「みんないーなー、うちなんか彼が当直だからイブは一人」
「でもあんたそのあと温泉旅行でしょ?」
「あたしいよいよ彼の実家デビューだよ」
なんだか温度差が気になって来たので、僕は偉い人シートでなにやら図面を見ているセフィアのところにこそこそと避難した。
「……なにそれ?」
「うん、メルクリウス・レーザーのね、砲身の合金配合比率をいじってみてるの。一度全力射撃したくらいで溶けちゃってたら、兵器としては役に立たないでしょ」
「なるほど」
「ま、こんなのは技術部の範疇なんだけどね。使う側からの意見も出してあげたいなって」
「すごいな、さすがは天才司令官」
僕がそう言うと、セフィアは少し悲しそうな目をする。
「天才とか関係ないよ。あたしはただ、レイジのために全力を尽くしているだけ」
「セフィア……」
「エヘン、司令官。職場でいちゃつくのはどうかと」
おおっと。いつの間にか、ササメユキさんとナミシマさんが偉い人シートの向こうでジト目をしている。二人分は迫力があるぞ。
「いや、その、あはは。いいじゃないこれくらい。明るいブリッジの雰囲気の方が好きだなー」
「それはまあ、判ります」
ササメユキさんが見下ろすクルーたちは、きゃいきゃいと楽し気にお喋りをしている。若い女性がこれだけ大集合していると、正直気圧される僕である。
戦闘中はだいたいブリッジの真ん中にいる僕だけど、あれは戦闘中だからいられるのだ。こういう黄色い会話が始まってしまうと、全方位からの女性の圧力は、怖い。
ここにいる人たちが、僕が日常的に接していた地球人女性たちのように、僕を迫害しないと判っていても居心地が悪いのだ。
「でもクリスマスに向けて合コンっていうのも、なんか露骨ですよねぇ」
「出会いってどこに転がってるんだろう。落ちてるのを見たことがない」
「わたくしの弟が大学生なんですけどね、彼女できたって連絡が来て。クリプレに何を贈ったらいいか、ですって。わたくし男性からなんて貰ったことないのに」
「私の兄は三十でもう三人の子持ちだ。地球で人気のおもちゃを送ってくれと頼まれたぞ。まあ家のことを考えなくていいのは有り難いんだが」
下の盛り上がりに反比例するように、参謀二人のテンションが下がっていく。
だから僕はつい、口を出してしまった。
「その気持ち、判ります」
「旦那さま?」
「僕もずっと、モテない側の人間でしたから」
「そうなんですか?そうは思えませんが」
瞳をうるうるさせるナミシマさんとササメユキさんを見ているうちに、つい口が滑る。
「それはこっちのセリフです。ナミシマさんもササメユキさんも、とても綺麗で素敵ですよ」
「まあ、旦那さまったらお上手なこと」
「妻帯者のご身分で、私たちを口説こうなどと考えてはなりません」
「えっ」
はっ、とした。恐る恐る目だけで左にいるセフィアを窺う。ああ、別段異変はない。まだ挽回は可能だと思える。
「ぼっ、僕にセフィアが現れたように、きっとこれから、お二人にも運命の人が現れますよ!なーんて……」
どもった上に声が裏返ってしまった。
「そうだなナミシマ、諦めたらそこで婚活終了だ」
「そうねミコミコ、まだ慌てる時間じゃない」
どこかで聞いたようなことを言っているけど……婚活、そこまで切羽詰まってるのかな?
「よし、エリシエとスケジュール調整するか」
「会場と相手の手配は任せて。今回は軍人縛り無しで行くわ」
二人が自席に戻ったので、僕はほっと胸を撫で下ろしてセフィアに視線を移す。彼女はまだ、合金の比率シミュレータの数字を無心にいじっていた。
「やっぱり、剛性と弾性の両立は難しいわね」
ふう、と画面から目を外してセフィアがひとつ伸びをした。
「おつかれさま」
「なかなか、本職みたいには行かないわ。もうちょっと精度上げないとだわ」
「あんまり根詰めないでね」
「だいじぶだいじぶ、暇つぶしみたいなものだから。それよりレイジ」
「なんでしょう?」
「椅子」
にっこりと微笑むセフィアだけれど、その目は笑っていない。そこまで嫉妬しなくてもという気分ではあるけれど、僕の行動にこういう反応があるということ自体、有り難いことではあるのだ。春までの自分を思えば。
「へ?」
「椅子」
すっ、とセフィアは立ち上がった。ああそういうことか。僕は空いた偉い人シートに座る。座面に残るセフィアのぬくもりが伝わってくる。
「んしょっと」
椅子に座った僕を椅子にするように、セフィアは僕の上に座ってから座面の高さを少し低く調整する。ぐぐっと落ちる感覚と共に、彼女の髪の香りがふわっと漂う。
「くふふ、座り心地最高」
言ってなにやらモニターを呼び出し、数字をいじり始める。
「これはね、ミサイルとか魚雷の在庫と追加発注。あんまり長く備蓄はできないから、ある程度滞留した子はよその戦線に回して、こっちは新しいのを回してもらうんだ」
「そんなとこまで見てるの?」
「庶務オペの仕事なんだけどね、たまには一通りやらないと忘れちゃうから」
ああ、さらさらの銀髪からすごくいい香りがする。柔らかい体がむにむにと密着して、こう、なんていうかその、体の一部が硬化していくのが自分でも判る。
「んっふっふ」
「あのセフィアさん」
「おしおき」
ぐにぐにと押し付けられるしなやかな肢体に僕はもうドギマギするしかない。何せ逃げ場がないんですよ。そして僕も健康な男子なんですよ。
「しっ、神聖な職場でそういうのは」
「そういうの?なんだろー?あたしはただ、クッションの具合を調整してるだけー。なんか固いのが当たるー」
「そりゃ固くもなりますよ」
「キンチョーしてるなら揉みほぐしてあげようか?」
「遠慮します」
勢い敬語になる僕の気持ちも判って欲しい。虚ろな瞳でこちらをチラチラ見るナミシマさんとか、たまに舌打ちしながらチラ見するササメユキさんに気付いてしまったら、いちゃいちゃとか絶対できませんってば!
そんな感じで、軍務のある日の放課後は終わっていく。後はご飯を食べてお風呂に入って寝るだけ。ここ最近は出撃もないので、まあ呑気なもんだ。このまま星雲人が来なかったら、ずっとこんな毎日が続くんだろうか。
出来る事なら、平穏な日々がずっと続いて欲しい。そう思う僕だった。
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