1−3:少年と武器商人
少年は干からびた大根の尾を握り締め、武器商人へと問い掛けた。
「そんなことをして何の意味があるっていうんだ、武器商人さん」
武器商人は少年を見やり、苦笑を浮かべる。返答は無言。
「あの人達にあんなものの使い方なんてわかるはずがない。アレが弩みたいなものだったとしたって、上手く使える筈もない。善かれと思って最悪を為すだけに決まってる」
少年の年齢離れした物言いに感嘆の表情を浮かべ、今度こそ、真摯に返答する。
「使い方ならご心配無く。ゲバラ叔父さんお墨付きの操作説明書付きだからね。さとうきび畑の貧相な農民達ですら、アンクル・サムに牙を剥くことを可能にせしめた伝説の手解き書さ。説明書というわりに文字は書かれていないんだがね」
手元でぴらぴらと古紙の束を振るいながら朗々と語る武器商人。
「まあ、君が聞きたいのはそんな事じゃなくて、私の目的が聞きたいんだろう。でも直ぐに答えても面白みがないし、君の為にもならない。ならば、先に君の考察を聞かせてくれないかい?」
少年は顔を顰め、黙り込んだ。深く考え込んでいるようだった。多分、死ぬ間際のニーチェはこんな具合の表情だった事だろう。
「唯の愉快犯だ。ただ混乱の種を撒き続けたがってるだけの碌でなしだ」
翡翠は笑って見せる。それこそ、愉快犯の如く。
「当たらずとも遠からずという所だね、少年。これはウチの上司からの御達しだから、真意については私の預かり知らぬところではあるんだけどね。多分、ウチの上司は在庫処分ぐらいの感覚で販売させている節があるよ」
彼女は馬車に残った最後のカラシニコフを手に取り、スライドを引いてみせた。重く、それでいて滑らかな駆動音が荒野に消えた。
「これは君の分の一丁だ。弾もある。そして、君には選択肢がある。この武器を受け取り、丁度一月後に始まる天下分け目の合戦に参加するか、戦う事なく此処で飢え死にするかだ」
「意味があるのは?」
「多分、何方も意味なんて無い。それに意味なんていうのは後付けだ。つまり私の上司がどう判断するのかっていうことだね」
少年はまた黙り込み、熟考し、やがて口を開いた。
「貴方は仙人か何かなのか?僕にはそう思えてならないよ。だってあんな超常的な弩銃を持っているし、一月後に戦があると予言した。風説に聞く世迷言でもそう無いような振る舞いだ」
翡翠は落書きのように口をへの字に曲げて問い返した。
「だったらどうだというんだい?選択肢は変わらない。闘って死ぬか、飢えて死ぬか。二つに一つだ」
少年は飢えた獣のような目つきで彼女を見据えた。
「僕は、貴方について行きたい。それが一番意味のある選択肢だ。そう感じた」
翡翠は苦笑いを浮かべる。全てを見透かし、嘲るように言った。
「確かに、第三の選択肢だ。しかし私は商人だ。弟子入りするにせよ、対価が必要だ。君に家族はいない筈だが、何を差し出せる?」
少年は言った、今度は沈黙を挟まず、端的に。
「僕の魂を捧げる」
対して、翡翠は肩を竦めた、
「殊勝なことだが、私は悪魔じゃ無い。人の魂なんて欲しくない」
少年は食い下がった。
「全てだ。僕の全身全霊で持って貴方に尽くす。例え、それで死んでも悔いはない。何れにせよ潰える命だ」
忍び笑いが響く。翡翠の口から、荒野の奥から。名状し難き何かが笑っていた。
「口では何とでも言えるだろうさ。こういうのは行動で示すものだよ、少年」
そう言って、彼女はカラシニコフを少年の眼前へ放った。
「その穴を自身に向けて引き金を引け。威力は先程見せた通りだ。雷鳴の如く轟くだろう」
少年は息を吸った。彼女の言葉を反芻した。自身の勘と覚悟を信じた、元より、彼にはそれしか残されていなかった。彼は持たざるものであった。
だからこそ彼はカラシニコフを手に取り、その銃口を覗き込んだ、暗い深淵が眼前に浮かんだ。
鉄の引き金は酷く軽く感じる。天女の羽衣の如く、天使の羽の如く。
次の瞬間、閃光が走り、彼の意識は闇に沈んだ。
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