1−2:AK

 男はたじろいだ。


 眼前の異様な雰囲気に呑まれつつある様に思えたのだ。村民の異様な高揚、見た事のない材質の透明な盾の存在感。そして、女武器商人の気狂いじみた微笑み。


 しかし、翡翠はお構いなしに催促する。まるで、面白半分で階段から突き落とす様に。


「嘘付きではないと、前言撤回致しますかな?謝礼として、その矛を買い取って貰うことになりますが?」


 翡翠は人の神経を逆撫でしてやまない笑みを浮かべる。

 その声色に至っては猿に糞を投げ付けられるよりも不快な代物だった。ある種、魔法じみてすらいた。

 

 男は声を発することも忘れて、武器商人へと矛を繰り出す。

 数度生き残った戦場での記憶を呼び起こし、自然的に身に付いていた型に沿って、矛先を防楯へと突き立てる。


 金属音とは違う、形容し難い衝突音。

 

 鉄や青銅というよりは、あの盾は木や石に似通っているように思えた。

 矛は防楯に突き立つことも叶わず、盾の表面を滑るばかり。しまいには、男は体勢を崩して倒れ込み、矛を地面へと突き立てるに終わった。


「さあさあ、いかがでしょうか⁉︎この盾の登場ともに、その矛は何をも貫くという謳い文句に齟齬が生まれました。しかして、それまでは最強の名に恥じぬ代物であったことでありましょう!」


 彼女は、付近で興味深げに此方を覗く少年に向けて質問を飛ばした。


「そこの坊や。即ち、コレは以下様な教訓で御座いましょうか?」


 少年は大根の天日干しを片手に、少し考え込み、それから答えた。


「考えてみたけど訳が分からない。武器商人さん。意味なんてない様に思える」


 聴衆達はその問答を口をへの字にしながら聞いていたが、突然、武器商人は両手で拍手喝采を送り出した。意外にも、屈託も嫌味もない純粋な響きをしていた。


「素晴らしい、全くその通りだよ。少年ッ! こんなことに、これっぽちも意味なんてない」


 武器商人は新たなる矛を馬車から取り出した。

 

 その矛はどの聴衆から見ても奇妙な外見をしている。

 長い鉄の柄が付いているに違いは無かったが、穂先も石突もなく、先端には穴が後端には弩の様な持ち手と引き金が備えられている。そして、鉄棒の下部には鋭利な剣が折り畳まれていた。

 

「AK-47。7.62mm×39mm仕様。誰がそう呼んだか、武器商人の間では守護天使なんて呼ばれる最高の逸品。この武器を片手にあらゆる持たざる者たち自らの正義を成そうとする」


 武器商人は各地を流浪する道家の連中の様に朗々と語る。そして、先程の矛と同様に盾を男へと放った。

 

「さあ、再び実践だ。盾を構えたまえ」


 男は完璧に武器商人の有無を言わせぬ雰囲気に呑まれ、言われるがままに盾を構える。


「御笑覧あれ!」


 武器商人は腰撃ちに構えAKの引き金を引いた。


 雷鳴の様な音が鳴り響き、吐き出された弾丸が強化プラスチックへと突き立つ。訓練用のコンクリート製の弾頭は砕け散るが、予め熱により疲弊させていたプラスチックに致命的な衝撃を齎した。

 

 瞬間的にひび割れが生じ、その次の瞬きの間には盾は跡形もなく砕け散っていた。

 

 男の方は、砕け散った盾の柄を持ち立ち尽くすばかり。


 魔法じみた武器商人の射撃の腕も撃たれた本人すら理解できない。


「最高の盾は今や無惨な塵と化しました。盛者必衰。されども、この時点においてこれを超す矛などあろうはずも在りません!さあさあ、お買い求め下さい!」


 武器商人は硝煙燻る銃口を天高く捧げ、宣った。


 そして、聴衆は商人の元へ殺到する。何かに取り憑かれた様に。煙で燻された蜂の如く。

 

 彼等は直感的に感じ取っていた。

 アレがあれば、次の戦で生き残り手柄をモノに出来ると。そう確信していた。最早、武器商人の詭弁のことなど誰の念頭にも無かった。


 弓で射るより遠くから、槍で突くより正確に、剣で薙ぐより速く、敵を殺せる。


 その幻影だけがこの場を支配していたのである。


 しかし、満員御礼、付和雷同。商人冥利に尽きるこの状況において、武器商人たる翡翠の表情は芳しくなかった。


 苦笑いを浮かべ、あろう事か代金を要求することすらしなかった。ただひたすらに、大蛇の群れの如く伸びかかってくる客の手にAKを握らせるだけだ。

 そう、餌をやる飼育員の様に淡々と。

 

 そうして人の群れは大しけの海の様に荒れ狂い、やがて凪を迎える。


 村人達は手に手にカラシニコフを握り込み、それぞれの家へと引っ込んでしまう。


 後に残されたのは、刃毀れした矛と粉々の盾を車へと積み込む武器商人。そして、一人の少年ばかりだった。

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