【49】国を敵に
リンツ街のギルドマスター、ヒストルによる指名依頼の全容は以下の通りだ。
山賊一味には、奴隷を売買する商売相手がいる。
その人物――奴隷商人と、そして繋がりのある者たちを調べ上げること。
「ブレイブ・リンツには奴隷商人を見つけ出し、その身元を洗っていただきたい」
「奴隷商人は倒さなくてもいいんですか?」
「討伐に関してはブレイブ・リンツとは別にもう一人声を掛けているので、彼にお願いするつもりだ」
もう一人、俺たちとは別に協力者が居るらしい。
だが、敵が何人いるのか分からない以上、数に不安が残る。
「あの、一人で本当に大丈夫なんですか? 奴隷商人とその商売相手を倒すには少ない気がするんですが……」
「私が声を掛けたのは、ノア・ロークという銀級三つ星の冒険者だ。きみたちも会ったことがあるだろう?」
「――ッ! ノアが協力者か……」
ノア・ローク。
彼がもう一人の協力者なのか。だとすれば、一人でも問題なさそうだ。
「此度の件は極秘裏に遂行するものであり、協力者の数は最小限に抑えておきたい。その理由は……まあ、あれだ。我が国の貴族が関わっているかもしれないのでね」
「ホビージャ国の貴族が……」
奴隷商人と商売相手を見つけ出し、その後はノアに任せるだけ。そう思っていた。
だが、ヒストルの話によると、どうやら奴隷商人の商売相手というのはホビージャ国の貴族のようだ。
これは一気にきな臭くなってきた。
「今回、ノア・ローク率いる山賊討伐隊とブレイブ・リンツの活躍によって、谷あいに潜む山賊の一味を一網打尽にすることができたわけだが……その際、きみたちは奴隷用の牢を見付けているね?」
言われて頷く。
それはユスランたちが捕まっていた洞穴のことだ。
北側の山脈の奥にひっそりと造られていたが、たまたま見つけ出すことができた。
「実のところ、我々がその場所を発見したことは今もまだホビージャには伝えていない」
「……つまり、リンツギルドで止めているということですか」
「ああ、そうなる。どうしても伏せておきたかったものでね。故にノアくんにも個人的にお願いし、報告を伏せて貰っている」
ヒストルは何故、あの洞穴があったことを伏せることにしたのか。
それはすぐに分かった。
「奴隷商人と商売相手の貴族を欺くためですね」
「うむ、その通りだ」
ユスランたちを救い出すことはできたが、それをホビージャ国に伝えてしまうと、結果的に奴隷商人と商売相手の貴族に気付かれてしまう。
だからこそ、報告を止めた。
そして奴隷の売買が行われていることなど知らないと思い込ませることにした。
「とはいえ、当ギルドを含め、全ての冒険者ギルドは国の所有物であり、逆らうことはできないのが現状だ」
ヒストルが言うには、ギルド自体も一枚岩ではなく、各々のギルドマスターによって運営方法が変わるらしい。
途中までは味方でいてくれたギルドも、貴族が相手だと判明すれば、途端に手のひらを反すかもしれない。
そもそもの話として、ギルドは国や貴族が相手の場合、大きく表立って動くことができない。明確な証拠や現場を押さえることができなければ、貴族階級であることを上手く利用し、握り潰されてしまうだけだ。
では、冒険者に頼めばいいのではないか。
そう考えたこともあったが、王都を拠点に活動する冒険者の中でも、実力のあるパーティーは貴族のお抱えであることがほとんどだ。腕っぷしが自慢の冒険者たちと言えども、パトロンを糾弾するほど間抜けではない。
「彼も……ノア・ロークも、王都を拠点にしているのでは?」
ふと、疑問に感じたことを口にする。
ヒストルはすぐに否定し、首を横に振ってみせた。
「表向きは、そういうことになっているがね。リジンくんは王都の北にあるサクリク港という町をご存じかな?」
「ええ、行ったことはありませんが、名前だけなら……」
サクリク港。
確かあのとき、ノアはサクリク港に戻る予定だと言っていた。
「実を言うと、サクリク港が彼の拠点なのだ。しかし彼の腕を見込んだ依頼がサクリク港のギルドに舞い込んでくるものだから、その都度様々な場所へと足を運んでいるらしい。まあ尤も、ホビージャ国は彼を王都に置いておきたいらしく、拠点を移すようにと圧力を掛けているみたいだが……」
王都直々の指名依頼を受けるぐらいだから、ノアは王都を拠点にしているものとばかり思っていたが、どうやら勘違いだったらしい。
「彼は人気のアタッカーですからね。ホビージャ国としては、王都を拠点にしてもらった方が何かと都合がいいんでしょう」
「うむ、間違いない」
顎を擦りながら、ヒストルは苦々しい表情を浮かべる。
「今回、彼は王都直々の指名依頼で山賊討伐隊を率いることになっていたが、あれも半ば無理矢理招集をかけたらしいからね。恐らく、ホビージャ国への不信感を強めたことだろう」
ノアはソロのアタッカーだ。
しかしながら、アタッカー不要論が当たり前の世の中において、今もなお引く手数多の存在でもある。
アタッカーでありながらも腕は本物で、銀級三つ星の実力者だ。
それに加えて、世の御婦人方が一目見て惚れてしまうのではないかと思うほどに整った顔立ちに、甘い声色が耳をくすぐる。
人気が出るのも納得であり、その彼を手元に置いておきたくなる気持ちも理解できなくはない。もちろん、ノアの気持ちを尊重しない時点で論外だが。
「リジンくん、ロザリーくん、そしてレイ。如何かな? 報酬はもちろん弾ませてもらうが、魔物の討伐よりも危険を伴う依頼であることは間違いない」
真面目な顔つきで、ヒストルが訊ねる。
ブレイブ・リンツの返事を聞きたいのだろう。
「……これってつまり、王都に……ホビージャ国に楯突くというか、国や貴族を敵に回すわけですよね?」
「その通り。私からしてみれば、危険すぎる依頼だね」
報酬を弾むとは言われたが、明らかに割に合わない。
もし、この依頼に失敗したとすれば、それはつまりこの国に居場所が無くなるということだ。いや、それ以前の問題として、生きていられるかも分からない。
それに何より、この国の貴族の中には、エイジェーチ家とローグメルツ家も含まれる。
仮にだが、両家が関わっていた場合……俺はどうすればいいのだろうか。
「安心して」
どうしたものかと頭を悩ませていると、横から声が届く。
視線を移すと、ロザリーがやれやれと言った表情で俺を見ていた。
「私の家族には、悪い人なんて一人もいないわ」
ロザリーには絶対の自信があるのだろう。
それは、調べられても構わないという意思表示に他ならない。
「んー、あたしはおっちゃんの力になりたいかも! でも、やるかやらないかは、リーダーに任せるね!」
次いで、レイが声を上げる。
「り、リーダー? ……俺が?」
「そうね。他に誰が居るね? ひょっとしてあたしがリーダーでもいいね?」
「いや、それは不安だからやめてくれ」
「失礼なリーダーね!」
ふんっ、と鼻息を鳴らしてレイがそっぽを向く。ロザリーからも反論が無い。
どうやら俺は、知らないうちにブレイブ・リンツのリーダーになっていたらしい。
此処にいる全員の視線を集めた俺は、口の中の唾を飲み込んで頷いた。
「……俺たちでよければ、協力させてください」
「ありがとう!」
俺の台詞を耳にしたヒストルは勢いよく立ち上がると、大きな体を揺らしながら深々とお辞儀をしてみせた。
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