【39】アサシン

「ゼンブ、コロス……!」


 バーサーカーモードになると、目に映る生物を対象とし、敵味方関係なく狩り始める。それがヤゴンのジョブ、バーサーカーの長点でもあり、欠点でもある。


 故に、本気を出すには一人で戦う必要がある。

 ヤゴンには数十人もの手下がいるが、一切手を借りることができない。


 だからこそ、俺たちにも勝機がある。


 ロザリーとレイは、距離を取って構えた。

 が、すぐに気付いた。真横にいたはずの俺の気配が消えたことに。


「ど、どうなってるね?」

「落ち着きなさい」


 キョロキョロと辺りを見回すレイに声をかけながらも、ロザリーはヤゴンから目を離さない。

 逸らした瞬間、死が訪れるかもしれない。それほどの殺気を受けているからだ。


 頭の中では考えているはずだ。

 いったい俺がどこに消えたのかと。


 その数秒後、二人は目を見開いた。


「――グッ」


 ヤゴンの右肩後方に、小型ナイフが突き刺さる。

 思わずよろめくが、倒れることなく、あっさりと引き抜いてしまう。


「ドコダ! デテコイ!」


 だが、それも織り込み済みだ。

 続けざまに、右足のふくらはぎに別のナイフが刺さった。


 片膝をつきながらも背後を振り返るヤゴンだが、彷徨わせる視線の先に、俺の姿は無い。

 そして、その動作は隙となる。


「ギッ」


 ヤゴンは右手に持ったククリナイフを地面に落とし、手の平で首筋を抑える。同時に、左手に持ったククリナイフを暗闇に向けて突き出す。

 もちろん、それは空を切るだけだ。


「イツノマニ、チカヅキヤガッタ!」


 首筋を抑える右手の指の間から、血が滲み出ている。

 斬った瞬間、僅かに体を引いたことで、致命傷を防がれたらしい。


 だが、応戦しようにも俺の姿を見つけることができない。


「ヒキョウモノガ! カクレテネエデデテキヤガレッ!」


 ヤゴンは声を荒げるが、姿を見せるつもりは毛頭ない。

 これがアタッカーである俺の……アサシン本来の戦い方なのだからな。


 それにもう、これ以上は手を下す必要もないだろう。


「ロザリー、レイ、奴から離れるぞ」

「わわ、いきなり現れたね! 了解よ!」

「っ、分かったわ」


 二人の許に戻った俺は、声をかけてヤゴンの目が届かない場所へと退避する。

 一方、ヤゴンはというと、いつまた暗闇の中から奇襲を受けるか分からず、その場から一歩も動けないでいた。


 それから数十秒ほどが過ぎただろうか。

 ヤゴンはバーサーカーモードを解除し、通常体へと戻る。


 理由は明白。

 魔力が枯渇したのではない。小型ナイフに塗っておいた毒が全身へと回ったからだ。


「う、うぅ、……くっ、くそが……アタッカーが、コソコソしやがっ、て……!」

「悪いな、俺は臆病な性格なんだよ」


 もはや動くこともできなくなったヤゴンの傍へと歩み寄り、俺は返事をする。

 その台詞を耳にしたヤゴンは、悔しそうに顔を歪め、そのまま地に伏して息絶えるのだった。

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