【38】アタッカーの矜持

 ヤゴンは、俺と同じように両手に得物を持っている。それはククリナイフだ。


「――シッ」


 一息吐いた次の瞬間、ヤゴンは真横に移動し、木々の間をすり抜けながら距離を詰めてくる。闇夜の山での戦い方を熟知しているのだろう。たとえ相手が魔物ではなく人間であろうとも、己が圧倒的優位な立場にあることを理解している者の動きだ。


 ロザリーは杖を取り出し、暗闇に構えて呪文を唱える。

 レイは、再び目を瞑る。

 俺は音を頼りにヤゴンの居場所を特定し、小型ナイフを投擲する。


 しかし不発。命中はしない。

 だが、それで足が止まれば十分だ。


 二発目を投げることはせず、ヤゴンが潜んでいるであろう暗闇に向け、一気に駆け出す。

 木の枝が顔や体にぶつかろうともお構いなしだ。


 けれども既にヤゴンは樹上へと移動していた。

 地を駆ける俺の真上から音も無く飛び降り、両手のククリナイフを振り下ろす。


 ――が、それも当たらない。

 ロザリーが放った風魔法がヤゴンへと狙いを定めていた。


「っ、くそが」


 舌打ちするのはヤゴンだ。

 ロザリーの風魔法が放たれるや否や、ヤゴンは地へと降りる最中に木の腹を蹴って空中で真横へと方向転換してみせた。


 その音で、俺はヤゴンの立ち位置を理解し、着地する瞬間を狙って二発目となるナイフを投擲する。


「おらあっ!」


 ヤゴンの声と金属音が響く。

 空中で体勢を変えられない状態であるにもかかわらず、ヤゴンはククリナイフで弾くと、体を一回転させて着地する。


 と同時に、背後を振り返った。


「――テメエ!」


 音を立てることを気にせず、ヤゴンへと走り寄る人物が一人。

 それはレイだ。ヤゴンは、まさかの行動に不意を突かれた。


「ハイイッ!!」


 力を込めたレイの右拳が、ヤゴンの腹部へと直撃する。

 かと思われたが、それをも寸でのところで体を捻って避けてみせた。


「驚いたぜ。一対三とはいえ、このオレが後手に回るとはな……」


 一旦、距離を取る。

 そしてヤゴンは俺たち三人を同時に瞳の中に映し込む。


「……だが、オレもテメエらと同じアタッカーだ。若造共相手に出し惜しみしてたが、そろそろ本気で行かせてもらうぜ?」


 その言葉を合図に、ヤゴンは更なる殺気を放つ。

 すると、魔力が湯気のように形を伴い、全身から湧き上がる。


「……なるほど、山賊の頭はバーサーカーだったか」


 ヤゴンの変化を目の当たりにし、俺は目を細めた。

 バーサーカーは、全アタッカーの中でも力自慢のジョブ筆頭だ。己の魔力と引き換えに力を解放することで、巨大な魔物だろうと一捻りにすることが可能となる。


 ただ、その反動は大きい。魔力が枯渇すると全く動けなくなる。

 とはいえそれは他のジョブでも同じことが言えるので、欠点とは言えないだろう。


「アタッカー同士の戦いか……負けられないな」


 ヤゴンは出し惜しみせずに力を見せることにした。

 ならば俺も限界を超えるべきだろう。


「――え、……リジン?」

「気配が……消えたね?」


 瞬間、俺は山の中から気配を消した。

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