第54話 文化祭一日目

 うちの学校では二日ある文化祭の内、一日でクラスの出し物で仕事を、もう一日で学校内を回るようになっている。

 俺は一日目の今日が出し物の仕事、そして二日目が文化祭巡りだ。


 午前中にお化け屋敷のお化けの仕事を終えた午後、俺は東川と一緒に呼び込みやチラシ配りを行っていた。

 お化け屋敷どうですかー? お化け屋敷やってまーす、といいながら学校を回って、興味がありそうな人には作成したチラシを渡す。

 学校内を回っているから他クラスの出し物も見たり体験できないこともないんだけど、次の仕事もあるし、呼び込みやチラシ配りをしながらはやる気にはなれなかった。


「以外にも多くの人が興味持っているみたいだね」

「お化け屋敷と言えば定番だしねー。しかもこのチラシを見れば分かるように結構気合入っているし」


 東川が手にしたチラシを見ながら言う。

 デザインが得意なクラスメイトが作ったものだけど、予想以上におどろおどろしいものになっている。

 怖そう、と思わせるには十分すぎる出来だ。


 ちなみに時間をかけて作ったから内装やお化けのデザインも凝っている。

 ホラーが好きなクラスメイトが結構口うるさく添削したりしたからだ。

 作って修正するのは大変だったけど、その分安っぽくない怖さが演出できていると思う。


「なんかここまで作りこむと体験したくなるけど、中身全部知ってるんだよね」

「あー、それ分かるわ。同じくらい作りこんだ他のクラスがあればいいのにね? ダブルお化け屋敷、みたいな感じで」


 同じことを東川も思っていたらしく、賛同してくれた。

 前を向いた東川は、俺に視線を向けることなく静かに尋ねてくる。


「夜空君も、明日が文化祭巡りでしょ? 私は蓮のお守りしないといけないから一緒に行くけど、夜空君は誰と一緒に行くとか決めてるの?」

「え? いや、特には決めていないかな」


 そう告げると、東川は悪戯ぽく笑って少しだけ走る。

 そして振り返り、不敵に微笑んだ。


「じゃあ、嵐山さんとだね。嵐山さんも明日が文化祭巡りだし、ちょうどいいんじゃない?」

「あー、確かに? この後一緒に受付と出口の整理をするから、その時に聞いてみるよ」

「……あまりにも平常運転でつまらないなぁ……」

「?」


 東川は深くため息をついていた。

 それが何故かはよく分からなかったけど、教えてくれる気はないらしい。

 俺が隣に行くまで待っていた東川は、歩幅を合わせて再び歩き始める。


「せっかく頑張ったんだから、明日はいっぱい楽しんでね、夜空君」

「うん、そのつもりだよ」


 明日はやりきった達成感を感じられるだろうなと、思った。




 ◆◆◆




「はい、どうぞ。次の方はー……ちょーっと待ってくださいねー」


 一組の男女を教室の中に案内した後、振り返って出口の方を見る。

 嵐山さんが小さく胸の前で×を作っていたので、次の組には少し待ってもらうことにした。


 本日最後の仕事は嵐山さんと一緒だ。

 とはいえ俺は受付で、嵐山さんは出口の担当だけど。


 俺達が頑張って作ったお化け屋敷は好評みたいで、狭い教室からは時折悲鳴が聞こえたりした。

 演出に関してもホラーゲームやホラー映画が好きなクラスメイトが考えたりしたから、相当レベルが高いと思う。

 内容を全部知っているから体験することは出来ないけど、どうなっているのかを聞いたときには中々にえげつない仕掛けもあったりして、苦笑いしたくらいだ。


 最初の方こそ苦戦した受付も、やっていれば次第に慣れるもので、今は何の問題もなく捌けていた。

 宣伝の効果もあるからか、客足が途絶えることもあんまりなかった。

 まだ明日もあるから分からないとはいえ、間違いなく大成功と言えるだろう。


 チャイムが鳴り響き、文化祭一日目終了直前のアナウンスが流れる。

 文化祭準備で遅くまで残っていたから、意外と早い時間に終わるんだなと思ったりした。

 それが分かっていたからか、客の数も残りは多くなく、あと一組だ。


「それでは次の方、どうぞー」


 背後の嵐山さんを確認して、問題ないことが伝わったので、次の人達を教室の中に入れる。

 これで列は全て捌き終わり、お化け屋敷を待っている人は居なくなる。

 息を吐いて、一段落したと安心した。


「……意外とあっさりだったな」


 あれだけ準備したけど、終わるのは一瞬だなと思った。

 明日があるとはいえ、俺はお化け屋敷の運営にはほとんど関わらないから、実質今日が最終日だ。

 朝は寝すぎて頭痛を感じていたけど、今は何の問題もない。


 受付においてある椅子に座り、時間が過ぎるのを待つ。

 ずっと立っていたからか疲れていたみたいで、足の疲れが少しずつ取れていくのを感じた。

 そうしてぼーっとしたり、周りに人が居ないことを確認してスマホを確認したりする。


 するとしばらくしてから、人の気配を感じた。

 そちらを向いてみると、嵐山さんが立っていた。


「お疲れ様嵐山さん、最後のお客さん、終わった?」

「うん、ついさっき満足そうに出ていったよ。これで今日は終わり。優木もお疲れ様。……疲れてない?」

「立ちっぱなしだったから少し疲れたかな。でも大丈夫。……あ、嵐山さんも座りなよ」


 隣の空いている椅子を引けば、嵐山さんはありがとうと言って席に座った。

 彼女も俺と同じでずっと立っていて疲れたのか、大きく伸びをしていた。


「ねえ嵐山さん」

「うん?」

「明日の文化祭なんだけど、良ければ一緒に回らない?」

「…………」


 流石に断られることはないと思って聞いてみたけど、帰ってきたのは驚くような表情だった。

 え? あれ? 断られる? と少しだけ不安に思って、おずおずと声に出してみる。


「え、えっと嵐山さ――」

「ああ、うん……いいよ。一緒に回ろう」

「あ……うん……良かったよ」


 安心してそう言うと、嵐山さんはなぜか苦笑いしていた。


 ちなみに後日、この時どうして驚いていたのを聞いたりした。

 どうやら嵐山さんは二日目を俺と一緒に回ると考えていたらしく、俺から尋ねられたことで、自分が勝手にそう考えていたことに気づいたからだという。

 理由をそう説明した嵐山さんの表情は、ほんの少しだけ赤くなっていた。

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