第53話 文化祭までの日々

 当初の予定だった土曜日の文化祭準備を終え、日曜日も俺はまた学校へ向かった。

 とくにすることもなかったし、手伝いをしようと思ったからだ。

 俺が来たことに日曜日担当のクラスメイト達は驚いていたけど、笑顔で受け入れてくれた。


 そんなわけで一緒に協力しながら準備を進めて、気づけば外は茜色になっていた。


「優木くん、今日は来てくれてありがとう。助かったわ」

「うん、とってもありがたかったよ」


 最後まで残って進捗を整理していた栗原さんと真下さんに感謝される。

 少し背中がむず痒くなって、首を横に振った。


「俺は部活もないし、暇だからね。それに準備をするのは好きだから、気にしないで」

「やっぱり優木君は頼りになるなぁ……」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう真下さん」


 笑顔で答えると、栗原さんが手元の紙を手でまとめる。

 どうやら進捗の確認も終わったようだ。


「もう夕方だし、今日はここまでにしておきましょうか。特に優木君は土日と出ているからしっかりと休むこと。いいわね?」

「分かったよ」


 笑顔で答えるものの、栗原さんはチラリと俺を一瞥した。

 何か言いたそうな顔をしていたけど、あえて聞きはしなかった。




 ◆◆◆




「それで、話って?」


 翌週月曜日の放課後の校舎裏。

 昼にRINEで連絡をして、嵐山さんに来てもらった。

 呼び出すような形になったからか、少し訝しげな表情を浮かべている。


 隣に座った嵐山さんの方を向いて、俺は口を開く。


「先週嵐山さんから中学の頃の話を聞いて、一つ思ったことがあるんだ。嵐山さんは、お母さんと仲直りをしたいのかなって……そうずっと考えていて」

「…………」


 黙り込む嵐山さん。

 だけど怒っているとか悲しんでいるとかじゃなくて、少しだけ寂しげな表情を浮かべていた。

 しばらく彼女の言葉を待つと、少しして小さく嵐山さんは言った。


「そう……だね。仲直りしたいっていう表現が正しいのかは分からないけど、このままじゃ良くない……とは思ってる」

「……うん、やっぱりそうだよね」


 思った通り、嵐山さんもまたお母さんとの関係については改善したいと思っていたようだ。

 嵐山さんの好きなものでこじれて、その溝が中学の事件で決定的になった二人の関係性。

 それを何とかするために、俺に出来ることは。


「……提案なんだけど、お母さんと話をしない? 嵐山さんが何を今思っていて、そして昔に何を思ったのかを、正直にぶつけるのも大事なんじゃないかなって、そう思うんだ」

「私の思っている事……思っていた事……」


 俺の言葉を繰り返す嵐山さん。

 胸の前で拳を握っているものの、まだ踏み出せない様子だった。


「でも……」

「怖い?」


 こくりと、嵐山さんは頷く。

 その気持ちが分かるとは言わないけど、推し測ることは出来る。

 嵐山さんは長い間お母さんと距離を空けていたんだ。


 自分の気持ちをぶつけることは、とても勇気が要ることだと、そう思う。


「……俺が一緒に話をしに行くのは……どうかな?」

「……え?」


 不安そうな顔をしていた嵐山さんは俺の方を見て、驚いたように目を丸くしていた。


「もちろん、気持ちを打ち明けるのは嵐山さんだよ。だけど俺が傍に居て、俺も話をする。……一人なら怖いと思うし、とても勇気が要ることだと思う。でも二人なら、どうかな?」

「優木と……二人……」


 再び俯く嵐山さん。

 けれどさっきとは違って、自分の頭の中で言葉を繰り返して、自分自身を勇気づけているようにも見えた。

 だからその背中を、押す。


「お母さんとこのままの関係なのは、嵐山さんも望んでない筈だよ。それにまだ取り返しのつかない事にはなっていない。まだ間に合うから、だから二人で……」


 嵐山さんと彼女のお母さんの間の溝は深いかもしれない。

 けれどそれを解消できる。まだ、手遅れじゃない。

 それが伝わるようにゆっくりとしたスピードで、嵐山さんに語り掛けるように話した。


 やがて大きく一回だけ頷いた嵐山さんは顔を上げて、再び俺の方を見る。

 さっきまで不安に揺れていた瞳は、まっすぐに俺を射抜いていた。


「……それなら出来ると思う。……優木、一緒に……行ってくれる?」

「もちろんだよ!」


 そう答えると、嵐山さんは小さく微笑んだ。

 決まりと言わんばかりに俺は握りこぶしを作る。


「よしっ、じゃあ……文化祭の後とかどうかな? これからしばらくは準備で忙しくなるだろうし、ちょうどいいタイミングだと思うんだけど……」

「うん、良いと思う。お姉ちゃん経由で……お母さんに伝えてもらうね」

「分かった。お願いね」


 嵐山さんの気持ちは固まった。

 後は文化祭当日を迎えて、成功させた後に嵐山さんのお母さんと話すだけだ。


 確かな前進を感じて、俺は空を見上げて、はっきりと頷いた。




 ◆◆◆




「ねえ優木くん、ちょっといい?」


 栗原さんが声をかけてきたのは、その次の週の月曜日だった。


「ん? なに?」

「あなた、昨日だけじゃなくて土曜日も文化祭準備に来ていたでしょ?」

「あー……うん、そうだよ」


 ちょっと面倒なことになったなと思って苦笑いでごまかす。

 先週の土日もどちらか出ることになって、日曜日を選んでいた。

 きっと土曜日に準備したクラスメイトから、俺が土曜日も準備を手伝っていたと話を聞いたんだろう。


「先週も土日どっちも出ていたし、今週もじゃない。大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫、家ではしっかり休んでるし、問題ないよ」


 あまり大事にしたくないから小さな声で言うものの、後ろに座っていた東川には聞かれたらしい。

 彼女は身を乗り出して、俺達の話に入ってきた。


「夜空君、放課後も結構遅い時間まで残ってくれてるよね? 本当に大丈夫?」

「いや、部活やってないっていうのもあるし、そこまで疲れてもいないから大丈夫だよ。それに、少し進捗が遅れているのは事実だからね」

「……確かに真下さんは不安に思っているし、むしろ優木君には感謝していたけど……それでも、無理はしたらダメよ?」

「うん、ありがとう栗原さん。でも俺は全然大丈夫だから。結構体力はあるんだ」


 そう告げると、栗原さんは何か言いたげな顔をしたものの、そう、分かったわ、と言って自分の席へと戻っていった。




 ◆◆◆




「なあ夜空? お前ちょっと最近頑張りすぎじゃね?」


 そう声をかけられたのは、文化祭が週末に迫った週の火曜日の昼の事。

 東川、俺、栗原さん、蓮、そして嵐山さんで昼食を取っていた時の事だった。


「先週も土日どっちも出たんだろ? 流石にやりすぎだろ」

「あはは……ちょっと熱が入っちゃってね。とある委員長にはこっぴどく怒られたから、反省しているよ」

「当たり前よ。三週間連続で土日両方なんて、絶対にやり過ぎだわ」


 昨日は栗原さんにかなり詰められて、怒られる寸前までいった。

 ただ個人的には楽しいと感じているから、負担にはなっていないと思っている。


「夜空君、時折疲れた顔しているわよ?」

「……ちょっと、心配」


 東川や嵐山さんにも言われて、少しだけ反省する。

 確かに、楽しかったとはいえ休みの日無しでやり続けるのはあまり良くなかったかもしれない。


「でもそのおかげもあって、ほぼほぼ準備は出来たって真下さん言っていたわ。木曜の放課後と金曜の準備日で、完成までは絶対持っていけるそうよ。優木君のお陰よ」

「俺のお陰ってわけじゃないと思うけど、少しでも助けになれたなら良かったよ」

「……だから今日は準備に参加せずに帰りなさい」

「いやいや、ここまで来たら最後まで走り切るよ。どうせ週末には文化祭だしね」


 本番が迫っているこのタイミングで投げ出す気にはどうしてもなれなかった。

 そう告げると、栗原さんは深くため息を吐く。


「……藤堂君が問題児だと思っていたけど、優木君も優木君で別の意味で問題児ね。頑固過ぎて困るわ」

「夜空君けっこうそういうところあるからねー」


 分かる―、と言う東川と、なぜか俺の隣でうんうんと頷いている嵐山さん。

 そこまで頑固な性格だろうかと、ちょっと不貞腐れたりした。




 ◆◆◆




「今日は、元気が出るものを中心に作ってきた」


 翌々日の木曜日、嵐山さんと恒例の昼食を校舎裏で取っていた。

 今回嵐山さんから渡されたお弁当は、彼女の言う通り今までとは違っていて、元気が出る食べ物という事なのだろう。

 文化祭準備を俺も嵐山さんも頑張ってきたから、それを考慮してってことだと思う。


 ありがたく頂くと、やっぱりどんな料理でも嵐山さんの作ったものは美味しいな、なんて思った。

 食べ終わった後に、嵐山さんは俺の方を見て口を開く。


「……委員長も言っていたけど、やっぱり無理しすぎじゃない?」

「うん、正直ちょっとだけ反省してる。やり過ぎちゃったからね。……でも、もう明後日には本番だし、大丈夫だよ」

「でも……ううん、もう少しだけど、文化祭が終わるまで夜はしっかり寝てね。優木はいままでいっぱい頑張ったんだから」

「それは嵐山さんもでしょ」


 苦笑いをして嵐山さんに返す。

 ここ数日、嵐山さんは俺と同じで放課後遅くまで残ってくれていた。

 先週の土日も、日曜日は予定があったみたいだけど、なければ来るつもりだったらしい。


「私は別に……とにかく、あと数日だから頑張るのもいいけど、休むのも大事だからね。V系の音楽を聴いて夜更かしをしちゃダメだよ。あと藤堂君と青木君とのゲームもダメ。東川さんにも伝えておくから」

「う、うん……大丈夫、やらないよ……」


 少し怖いくらいにすごまれて、苦笑いで返した。

 嵐山さんは東川とさらに仲良くなったのか、自分から声をかけることもあるらしい。

 流石の蓮も東川から強く言われたら俺をゲームに誘うこともしないだろう。

 いや、このタイミングだと仮に誘われても応じたりはしないけど。


 それにしても、まさか嵐山さんに心配されるような日が来るなんてなぁ、なんてことを思ったりした。




 ◆◆◆




 俺の通う霞ノ岳高校の文化祭は土曜日、日曜日と二日間ある。

 嵐山さんのお母さんと話をしに行くのは文化祭が終わる日曜日だ。

 今日は土曜日で、文化祭一日目。


 嵐山さんのお母さんと話す明日が本番って感じだけど、今日も文化祭スタートという事で重要な一日だ。

 そう思ってベッドから起き上がったとき。


「……っ」


 少しだけ、頭に痛みを感じた。

 とても鈍い痛みに少しだけ顔をしかめる。


「……寝すぎたかな?」


 昨日は疲れていたこともあって、文化祭準備から帰ってきて夕飯を食べてすぐに眠りについた。

 長時間寝ると頭が痛くなることもあるから、それだろうと当たりをつける。

 制服に着替えて階段を降りてリビングへ。


 土曜日なこともあって母親は起きていない。

 朝食を作ろうか? と聞かれたけど、大丈夫と答えておいた。

 あんまり母親に迷惑をかけたくないと、そう思っているから。


 頭痛薬を見つけて、それを水で飲む。

 すぐ効くわけがないけれど、薬を飲んだということで少しだけ頭痛が楽になった気がした。

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