第52話 文化祭準備と、一つの決意
嵐山さんから話を聞けたのは良いことだった。
自分の過去を話してくれるくらいに心を開いてくれて、そして信頼してくれたのは素直に嬉しい。
けれどその一方で、嵐山さんと彼女のお母さんの関係という悩みの種が出てきてしまった。
まあ、勝手に俺が悩んでいるだけなんだけど。
嵐山さんとはあの後も変わらない付き合いを続けている。
火曜も蓮達と一緒に昼食を食べたし、水曜日は一緒に校舎裏で昼食を食べた。
あまり口数が多くないことを東川も栗原さんも知っているからか、ちょうどいい距離感を保っているように思えた。
クラスの嵐山さんを見る目もほんの少しだけ変わってきたような気がしなくもない。
そんなわけで迎えた木曜日、相変わらず嵐山さんとお母さんの関係について考えていた俺は、少し離れたところで話し合っている人影に気づいた。
「……?」
気になって席を立って、その人達の所に近づく。
井上君の席に集まっていたのは、同じ文化祭実行委員の真下さんに、栗原さんだった。
「どうしたの? 栗原さん」
「あ、優木君……月曜日に話した看板やチラシのデザインの件、覚えてる?」
「うん、期限が昨日までのやつでしょ?」
「そうだったんだけど、昨日の時点で一日伸ばしてほしいっていう意見があって、今日に至るのよ。なるべく早く決めないといけないから、今日で確実に締め切って今日中に決めないとマズイって井上君に話しているの」
どうやら少しトラブルがあったらしい。
一日遅れだけど、それが決まらないと他の進行にも支障が出るから、結構大きな事だ。
「ご、ごめん委員長。俺が昨日一日の延期を受け入れなければ……」
「反省すべきことではあるけど、言っても仕方ない事でもあるわ。確実に今日のHRで締め切りにして、どのデザインにするか皆に聞きましょう」
「う、うん……そうする」
「ありがとう……委員長」
どうやら井上君が昨日の段階で一日の延期を受け入れちゃったみたいだ。
でも栗原さんはあまり責めるようなことはせずに、今後の展開を伝えていた。
一日遅れだけど、ぜんぜん致命的なミスじゃないと、俺も思う。
「井上君、あんまり自分を責めないで」
「ありがとう優木くん……」
「文化祭準備の時期は土日に学校に来て準備をするのも認められているし、そうするクラスがほとんどだわ。とはいえ二日間出る人は稀だから、どちらに出るのか、あるいは出ないのかも聞いた方が良いわね」
「そうだった……それも聞かないといけないんだ……」
栗原さんの言葉に真下さんが顔を青くするので、どうやら考えてなかったみたいだ。
「うぅ……委員長が文化祭実行委員ならこんなことには……」
「あのね真下さん、そう言ってくれるのは嬉しいけど、文化祭実行委員は真下さんよ。そう思ったなら、真下さんも頑張りましょう?」
「……うん、そうだよね。ありがとう委員長!」
「……前まで栗原さんって呼んでなかったかしら?」
少し苦笑いをする栗原さんを見て、俺は微笑む。
確かに今のやり取りを見ていると、栗原さんは頼りになる委員長だよなぁと思った。
◆◆◆
「と、というわけで、デザインに関してはほぼほぼこれで決まりとします……」
少し疲れた表情で井上君が教卓にてそう告げる。
クラスメイト達も少し疲れた様子だ。
だいたいとはいえ、看板やパンフレット、教室のルートなど、クラスメイトから提出されたものの中からいい感じのやつを全員で選んだんだから。
とりあえず一仕事終えたという事で、息を吐く井上君。
そのまま終わりにしようとしたところで、真下さんが慌てて告げた。
「井上君、休日の作業についても聞かなきゃ」
「え? あ、ああそうだった……えっと、文化祭の準備では土日の作業も認められています。どちらかに来て手伝ってくれると嬉しいので、どっちに来るかを教えてください。部活で忙しい人に関しては未参加でも構いません」
貴重な休日の時間がつぶれるという事もあって、クラスメイト達の中には嫌そうな顔をする人も居る。
それに関しては仕方ない、気持ちもわかるし、と思いつつも、慌てて作業時間を朝から夕方前まで、と言っていた井上君が少し可哀そうだった。
「前に出て、それぞれ出たい方に名前を書いてください」
井上君の言葉でクラスメイト達は立ち上がり、思い思いに名前を書き始める。
「土曜日かな……日曜日は休みたいわ。学校の前は休日が良い、みたいな?」
「日曜日予定あるんだよな……まあ土曜日なら?」
「お前行かないの?」
「日曜日大会で、土曜日練習なんだよな……悪い」
黒板の前や、席を立とうとしない生徒との話が聞こえてくる。
部活で出れない人も居るみたいだけど、それは仕方ない事だろう。
俺もある程度の人が書き終わって黒板から去るのを見て、名前を書きに行く。
土曜日の所に名前を書いたところで、日曜日にも目を向ける。
想像通りではあるけど、土曜日よりも日曜日の方が少なかった。
「……ねえ井上君」
「ん? どうしたの優木くん?」
「これ例えばさ、土曜日も来て、日曜日ももし暇になったら来る、でもいいの?」
俺の問いに、井上君は驚いたように目を見開いて頷いた。
「う、うん、大丈夫だよ! これは名前書いてもらっただけで、来ちゃいけないとか、来ないといけないとかじゃないから」
「そっか、分かったよ、ありがとう」
「どういたしまして」
井上君にお礼を言ってチョークを置いて、俺は自分の席に戻る。
部活をやっていなくて委員会も忙しくない図書委員、そして塾も週1でしか行っていない俺は比較的時間がある方だ。
けど土曜日も日曜日も名前を書いたら少し目立つし、何人かは来ないといけないかも? と思うかもしれないから、書かなくていいっていうのは正直助かった。
自分の席に戻って、着席する。
栗原さんと話をしていた東川の声が聞こえてきた。
「夜空君も土曜日か。やっぱり土曜日が多いわね。夜空くんに蓮、嵐山さんもか」
「そうなると思ったから、日曜日にしたわ」
「おお、流石委員長」
「まあ、作業する人数によって何かが変わるわけじゃないけれど」
二人の話を聞いて、微笑んで話に入る。
「意外と長いようで短いから、色々やらないとね」
前の黒板を見ながら、俺は気合を入れた。
◆◆◆
金曜日の夜、俺は個別指導の塾で風見先生の授業を受けていた。
英文法に関する説明も一段落着き、解き残しは宿題になる問題を解いている最中。
俺は集中力が少し続かないことを感じて、息を吐いてシャーペンを机に置いた。
「どうしたの? 難しい?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……ちょっと気にしていることがあって」
「なに? よければ話してみてよ」
風見先生に促されて少しだけ迷うけど、ぼかして伝えるならいいかなと思って静かに口を開いた。
「その……最近仲良くなった友人の話なんですけど……」
俺は嵐山さんの事を風見先生に話した。
もちろん細かい部分はかなりぼかすし、嵐山さんの名前はもちろん、関係者の名前も適当な名前にしたり、言わなかったりした。
話をしているうちに風見先生は相槌を打ってくれて、特に片倉の財布を盗んで、それを嵐山さんになすりつけたところでは顔をしかめていた。
「……なんて言うか、最低だねその友人Bさん」
「本当にそう思います」
片倉でもある友人Bを名指しで批判する場面もあれば、「嘘でしょ?」と声を上げるときもあって、なかなかの聞き上手だなと思ったくらいだ。
そうして全てを話し終えて、嵐山さんと嵐山さんのお母さんについて考えているという事についても共有した。
「ら……えっと、AさんはAさんのお母さんと仲直りしたいのかも? なんて思ったんです。少なくとも今のままは望んでないような気がして」
「……なるほど」
「先生、どう思いますか?」
「そのAさんがどう思っているかは、Aさんに聞かないと分からないと思うよ。少なくとも優木くんはAさんに聞くことは出来るんじゃない? 聞いたところで、Aさんが優木くんを嫌いになるとは思えないけどなぁ」
「……俺も、聞けば気持ちを教えてくれると思います。でも仮に仲直りしたいとして……こう言ったらですけど友達である俺に何が出来るのか、なんて」
そう告げると、風見先生はうーん、と難しそうな顔をした。
「まあ、確かにだよねぇ。友達とはいえ、つい最近なったって感じらしいし」
「……やっぱり、そうですよね」
思っていた事だったけど、こうして他の人から同じことを言われると少し来るものがあった。
「でも」
不意に風見先生は声を上げる。
顔を上げて彼を見てみると、少し考えるそぶりを見せていた。
「うーん……優木君よりはAさんのお母さんに年齢近いだろうから予想できることだけど、きっとお母さんはまだどうしていいのか分からないんじゃないかな?」
「分からない……?」
「優木君は直接Aさんから話を聞いたから、Aさんの辛さや苦しみ、悲しみが全部分かったよね? Bさんに裏切られた悲しみとか、先生としては最低な担任に受け入れられなかった事とか。そしてその中にはお母さんの言葉でやっていると言われていると感じたとか、中学時代に好きなものを受け入れられなかった苛立ちだってあると思う。
きっとそれをお母さんは知らないから……どうすればいいのか分からないんだよ」
そう言ってくれた風見先生は、微笑んで静かに言葉を続けた。
「この業界にずっといるとさ、たまに親と仲が悪い生徒の担当になることがあるんだ。もちろん決定的に合わないっていう場合もあるけど、親と子で話す時間が少ないから、足りないからって感じることが多いんだ。……きっとAさんとAさんのお母さんも、そうなんじゃないかな」
「話す時間が……足りない」
風見先生の言葉を繰り返すと同時に、授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「じゃあ、そのプリントが宿題ね。来週までに調べてもいいから、しっかりやってきてね」
「はい、分かりました。ありがとうございました」
いつも感謝の気持ちを告げてそう言っているけど、今日は一段と感謝を込めてそう言った。
一つの答えが、俺の中で出ていた。
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